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鷹山孝弘様作

「理解すべきこと」
ベルが勇者となり、幼馴染のカロイスがパーティに加わり、
暫くは二人旅が続いた。
その間、ベルはカロイスを師として剣術の修行をつんでいる。
どんどんベルはその腕をあげていった、ある日のこと。
旅立って二つ目か、三つ目の街だろうか。
そこで二人は、可哀想な神官見習いと出会うのだった。










理解すべきこと










「はぁっ、はぁっ!」
完全に剣で押されたと、肩で息をして倒れこむ。
もう一歩も動けないと確認した所で、勝った方が口を開いた。
「も〜カロイス、ちゃんと本気出してくれなくちゃダメじゃないの〜!」
「だっ、だから……はぁ、これで、ぜんりょく、だっ、て、の!」
なんというか、勇者の自覚を持ってからのベルは別人のように前向きになった。
ひたすらに剣の修行に打ち込み、つい最近ではあのカロイスに圧勝するまでの
実力を身に着けていたのだが、本人はそれで満足いっていない、というか
カロイスが手加減して自分を勝たせていると勘違いしているようで、
こうやってボッコボコにするたびに思いっきり不満そうに口を尖らせていた。
「(り、理不尽……)」
レベルで表すならば、カロイスが15でベルが30、そんな所だろうか、
なんとダブルスコアである。
知らないうちに、ベルはかなりの実力を誇る勇者となっていた。
「さぁカロイス、立って! もう一回行くわよ」
「ちょ、ちょっと待て、もう足が動かなくて」
「そんな演技じゃ騙されないんだからね、うりゃああ〜!」
「うわああぁ〜!」
その日から、ベルの修行は一人で行う事になった。


筋肉痛、というより疲労困憊なカロイスを引きずって、ようやくベル達は
次の街へと辿り着いた。
「思ったより近かったわね。えっと、最初に宿屋を探すんだったかしら?」
「ああ、宿を確保してから街の散策、これが一番安全だな」
宿での予約を後回しにしてしまうと、宿がとれない可能性があるのだから。
それを旅で学習した二人(=宿を後回しにして痛い目を見た経験アリ)は、
暫く街中を歩いて、やがて一軒の宿屋を見つけた。
外観は悪くなく、値段はそこそこしそうだが、思いっきりくつろげそうな、
悪くない宿屋。
「二部屋空いてるといいんだけどな」
「一部屋だった場合、どっちが床で寝る?」
この場合の床とは、部屋の中ではなく廊下だ。
「そんなのオレが床に決まってるだろ」
言いながら、カロイスが宿屋の扉を開ける。
『ん?』
同時に声が出た。
宿屋のロビー、そこに設置されているテーブル席の一つ。
そこに、神官だかシスターだか、とにかくそんな雰囲気の、聖なる加護の
一つでも受けていそうな、だけど可愛らしい服装をした冒険者が一人。
その冒険者が一人……行き倒れていた。
「お腹すきましたぁ……」
その冒険者、少女はそう呟くとゆっくりと目を閉じる。
まるでそれが、断末魔であるかのように、叫び声でもないくせにやけに暗く感じてしまい。
「だめぇ〜!」
思わずベルが、手持ちの携帯食、干し肉を少女の口の中に突っ込んでいた。
「お、おいベル!?」
「ガポッ!?」
干し肉を突っ込まれた少女は、途端に苦しそうに喉をおさえて床に倒れこみ、
ゴホゴホと咳のようなものをしながらのたうちまわった。
さて、少し考えてみてほしい。
空腹の絶頂で行き倒れていた少女に、干し肉なんて水分がなければ到底食べられないものを、
まるごと一気に、しかも油断していた所に口の中に呼吸できなくなる角度から突っ込んだらどうなるか。
答えは簡単。
「きゅぅ〜……」
トドメになるのだ。
「え? あれ? ……あ、あぁっ!? だ、大丈夫ですか〜!?」
我にかえったベルがガクガクと少女の方をゆする、なんか口から泡みたいなのが出てきた。
「す、ストーップ! ベル落ち着け! それトドメっていうかオーバーキル!
本当にその子死んじゃうから!」
とりあえずその場は、カロイスの割り込みでどうにか落ち着くのだった。


で、その後どうなったかというと。
「ん〜♪」
トドメを刺された少女は復活していた。
今は目の前で、ベルが自腹で宿屋の主人に頼んで作ってもらった食事を食べ続けている。
それはいい、空腹なところにトドメを刺してしまったのだから、このぐらいの謝罪はあって当然というもの。
だが。
「うわぁ……女の子って凄い」
「いや、私でもこれはちょっと」
ケーキバイキング、その言葉がベルとカロイスの二人の頭の中に浮かんだ。
この宿屋にはパティシエでもいるのかというぐらい、少女の目の前に並ぶ数十種類のケーキ達。
『数種類』ではない『数十種類』だ。
もはや人間が食べられるレベルではない程のケーキを前に、されど目の前の少女は
全くペースを落とさずにフォークを動かし続ける。
ちなみに少女のすぐ横には、空になった皿が十枚ほど積み上げられていた。
「えっと……オレ、部屋に戻ってるわ」
「え、えっ、ちょっとカロイス〜!?」
男にとって、甘いものを常識外れに食べられるなんて光景は気持ち悪いったらありゃしない。
勿論例外はあるかもしれないが、カロイスはしごくまっとうな男の子なのだ。
甘い物で完全に気分を悪くしたカロイスは、途中退場で二階の予約した部屋に避難。
残されたベルはといえば、ケーキを奢ったという立場上、残るしかないわけだが。
「(ど、どうしよう……凄く居心地が悪い)」
せめて会話でもあればいいのだが、さっきから目の前の少女は何も語りかけてくれない。
かといってこちらから何を喋ったらいいのかもわからず、どうしたものかとため息をつきながら、
何気なくケーキに視線を向けた。
スポンジに生クリーム、その上に上品にフルーツをあしらった、食べるのが
勿体なくなりそうなぷちケーキ。
その隣にはガトーショコラだろうか、色の具合を見る限り、かなりチョコの風味が効いていそうだ。
「……美味しそう」
何気なくベルが呟いた、その時だった。
「良かったら、食べますか?」
「え?」
ふと、周囲の事など見えていないと思っていた少女が、きょとんと可愛らしく小首をかしげて
ベルへと視線を向けていた。
「(あ……結構可愛い)」
女性のベルから見ても、目の前の少女は可愛らしかった。
そんな少女が暫くベルの事を見つめて、ふと名案を閃いたかのような笑顔になると、
手近にあったフルーツケーキを一つ引き寄せた、先程ベルが見ていたやつである。
それを小さく切り分けると、すっとベルの口へと持っていった。
「え、えっ?」
「はい、あ〜ん」
フォークが一つしかないので、ベルが食べるという事はこういう事になるのだろう。
一瞬迷ったベルだったが、周囲には誰もいないと念の為確認してから、口を開いた。
「あ、あ〜ん……」
「はいっ♪」
一口食べてみた瞬間、ベルの表情がほころぶ。
「ん〜……甘すぎなくて、すっごく食べやすい」
「ですよね〜♪ あ、こちらの方はショートケーキです。ケーキはこのショートケーキの
出来具合で、パティシエの腕がわかるというものです。お一つどうですか?」
「あ、じゃあ少しだけ」
いつから本当にこの宿屋にはパティシエがいるという設定になったのだろうか、
などという野暮なツッコミはしない事にして。
気が付いたら女の子同士、ケーキの試食会(試食というレベルではないが)が
開かれているのだった。


一通り、というか全てのケーキを食べ終えて、お互いに満足顔で食後のお茶を
飲んでいた時。
「あ、申し遅れました。私、ユリアと申します。神官見習いです」
今更に自分が名乗っていない事に気付いたようで、慌てて頭を下げる少女、ユリア。
というか、そういえばベルやカロイスだって名乗っていない、しかもカロイスは
いまだに逃亡中だ。
「私はベル、勇者ね。さっき一緒にいた男の子がカロイスで、剣士かな」
「ゆうしゃ?」
ベルの言葉に、また小首をかしげる可愛いユリアちゃん。
そうよ、と小さく頷くベルに対して、ユリアはパチパチと瞬きをしながら呟いた。
「勇者って、あの、魔王を倒すとか、世界を救うとか伝わっています、あの?」
「ええ。私、勇者の剣に選ばれちゃったみたいで……ほら、これ」
言いながら、装備していた勇者の剣を見せてくれるベル。
それを確認したユリアは、実に興味深そうにその剣を眺めると。
「なんだか、神秘的なものを感じます」
「神官見習いにそう言われると、ちょっと嬉しいわね」
ベルの言葉に、それほどでも〜と照れてしまうユリア、仕草がいちいちベルの
上をいく少女らしさである。
ベルは活発な少女という言葉が似合うが、このユリアという少女は間違いなく、
おしとやかな少女という言葉が似合うのだろう。
「えっと、ユリアだったわよね」
「はい」
剣をしまいながら、ベルが問いかける。
「神官見習いって事は、もしかして巡礼の旅とかをしてるのかしら?」
聖地を巡礼し、そして見習いを卒業して正式な神官となる。
そのぐらいの習わしは、さすがのベルも知っていたのだが。
「その……それが、私にもよくわからないんです」
「わからない?」
どういう事かというベルの視線に、ユリアは少しだけ考え込んでから口を開いた。
「いえ、これは私の問題ですから、勇者様に解決してもらうわけには」
「う〜ん……でも、何か助けになるなら、喜んで力になるけど」
ベルの呟きに、ユリアは笑顔を浮かべて。
「これはきっと、私ががんばって答えを見つけないと意味のない事だと思いますので」
「……がんばって、か」
その言葉を出されては、誰よりも頑張り屋なベルはもう何も言えない。
「そっか。それじゃ、がんばりなさいよ、ユリア」
「はい。お気遣い感謝します〜」
それから二人はしばし、雑談にふけるのであった。


「……で、なんでこうなる?」
夜中、カロイスが予約した宿屋の部屋にて。
ベルとカロイスの二人っきりという、これまたドッキドキのシチュエーションなのだが、
残念ながら雰囲気はドッキドキというよりは、ゲッソリなものである。
「なんでもね、ユリアったら孤児院の子供達に食べ物をあげるために所持金
全部使って寄付したとかで、先に宿代は払ってたから宿泊はできたけど、
別途料金の食事はでなくなっちゃって、それで行き倒れてたみたいなの」
「あ〜なるほど……確かに、神官見習いならやっちゃいそうな事だよな」
後先考えないあたりは、どこかベルに通じるものがあるな、とはカロイスの心の声である。
「それでね、子供達がすっごく喜んでくれたから、明日ユリアってば孤児院によって
また寄付をしたいって言うのよ。どうしたらいいかしら?」
「どうしたらって、なんでそこでベルが悩むんだよ?」
「だって、ユリアもう一文無しなのよ? 寄付なんてできるわけないじゃない。
ここは勇者である私がなんとかしなくちゃ」
勇者とはそんな事までしなければならないのだろうか。
勇者の存在意義に疑問を持ち始めたカロイスだったが、まあベルが勇者ならば
そういう考え方もアリかなと思う事にして、とりあえず考えてやる事に。
さすがに、相槌ばかり打っているだけでは、ベルは朝までユリアについて
語るだろうという事実に気付いたようだ。
「むしろ寄付の事は諦めてもらって、遊ぶだけにしたらどうだ?」
「遊ぶだけ? ……あ、それは名案ね」
暮らしていた街で、そのあたりはベルもカロイスもわかっている事。
子供達がほしいものは、食べ物や服だけではない。
一緒に遊んでくれて、一緒の時間を共有してくれる友達、そういうものだってほしいのだ。
孤児院の子供達ならばきっと、それでも凄く喜んでくれるに違いあるまい。
「う〜ん、でもユリア、納得してくれるかしら」
「案外、名案ですとか言って笑って納得してくれそうだが?」
「それはそうかもしれないけど……ちょっと聞いてくる」
言うなり、ベッドから立ち上がって部屋を出て行くベル。
「って、おいベル、部屋知ってるのか?」
「隣の部屋!」
そう言ったきり、ガタンと音を立てて部屋から出て行くベルだったが。
「いや……部屋わかっててもなぁ」
ポツリとカロイスが呟いて、約一分後。
「もう寝てた……扉叩いても起きてくれない」
若干落ち込んだ様子で戻ってきたベルを、さてどうやってなぐさめてやろうかと
苦笑するカロイスがいた。


その翌日、ロビーに集まったベルとカロイスは、宿屋の主人にユリアの事を尋ねてみると、
どうやら彼女は一足先に出発してしまったらしい。
遅れて宿屋を後にした二人は、孤児院があるという道を教えてもらって、
早速そこへと向かっていた。
「ユリアいるかしら?」
「ん〜……無一文なんだから、どこかの店で食べ物を買う、とかしないだろう。ならいるさ」
「その場合、ユリアの寄付ってなにかしら?」
「……ん〜」
ベルの話でしかユリアの事を殆ど知らないカロイスでは、全く予測のつかない問いかけだ。
「まあ、行ってみればわかるさ」
「そうね」
なるようになるさ、みたいな結論で二人は孤児院へと歩を進めた。


ようやくそれらしき建物、孤児院に辿り着いたベル達だったが、何やら様子がおかしい。
どうしたのだろうかと、早速ベルがシスターに話を聞いたのだが。
「ウィンが、一人で森に入ってしまったのです!」
ひろ先生ごめんなさい(意味がわからない場合のキーワード、リーフ)。
「このあたりの森には、何かひそんでいるのか?」
カロイスの問いかけに、シスターは肩を震わせながら首を縦に振る。
「町長のお話では、人すら食べると言われているキラースパイダーがいるとか……
もし、ウィンがそんなモンスターに見つかったら……」
「キラースパイダー……明らかにやばそうな名前のモンスターね」
ベルもカロイスも、それがどんなモンスターかは想像がつかないが、
とりあえず蜘蛛のバケモノみたいなものだろうという予想はつけておく。
「急いで私達が迎えに行きます! 行くわよカロイス!」
「ああ!」
二人はそれぞれの剣を確認すると、急いで孤児院の裏手に続く道を走る。
そのまましばらく走ると、目的地である森の入り口が見えてきた。
周囲に何の気配もない事を確認すると、二人はそのまま更に突撃。
暫く走り抜けながら、人の気配を探した。
「子供の気配だからな……森の中とはいえ、探すのは難しいぞ」
「だからって弱音はダメ! 絶対に助けるんだから」
「わかってるっての」
ベルに言われなくても、そのぐらいカロイスだって決心している。
そして、二人が森に突入して数分後……急に視界が拓け、ちょっとした
広場のようになっている場所に到着した時。
「ユリア!?」
子供を抱えて、蹲っている神官見習いがいた。
「カロイス! ユリアをお願い!」
「ああ!」
カロイスは急いでユリアと子供のもとへと向かい、ベルは『そいつ』目がけて
勇者の剣を振り上げる。
ユリア達の前で細長い、だがベル達からすれば鋭く太い足を振り上げていたのは、
シスターに聞いたキラースパイダーだろう。
想像通りに蜘蛛のバケモノのようなやつで……だがサイズが想像以上だった。
家一軒分、というにはさすがに大袈裟だが、およそ人間一人で立ち向かえる相手ではない。
だが、ベルならばとカロイスは迷い無くユリアに駆け寄った。
「(頼むぞ、ベル)」
そしてユリアの状態を確認した瞬間、カロイスの目が大きく見開かれた。
「ハアァッ!」
旅立つ前のひ弱だった声とは違う、気合いと迫力の籠った渾身の一撃。
キラースパイダーも前足を持ち上げて薙ぎ払いにかかるが、相手は勇者ベルである。
ジャキンッ!
その前足を一本、叩き斬ってやった。
スタッと地面に着地したベルは、着地のバネで今度は地面と平行に飛んで突撃。
目の前にあるのは、キラースパイダーの牙が光る、顔。
「いっけぇ〜!」
短期決戦、一撃必殺。
本能的に急所であろう頭部に、勇者の剣を突き刺すベル。
キラースパイダーは叫び声すらあげずに、その一撃に静かに崩れ落ちた。
完全に動かなくなったのを確認してから、剣を引き抜くと大きく息を吐くベル。
「よかったぁ、なんとか私でも倒せるモンスターだったのね」
というか、もう今のベルなら大抵のモンスターは倒せるのだが、まだベル自身
その自覚がないのだろう。
とにかく危機は脱したと、剣をしまってカロイスの元へと歩いて行く。
「モンスターは倒したわ。ユリアは……って」
様子がおかしい。
カロイスはベルに声を返さず、それどころか背を向けたまましきりに何かをしている。
どうしたのだろうかと首を傾けて、ユリアが見えるまで動いてみる。
そして……先程のカロイス同様、ベルも目を見開いた。
可愛らしい少女を着飾っていた、聖なる加護の一つでも受けていそうなあの神官衣装。
その背中が、真っ直ぐ斜めに、赤く切り裂かれていた。
そして、ユリア自身が……まったく動いていない。
「カロイス! こっちの傷薬使って! あなたの持ってるアイテムじゃ効果が薄いわ!」
「ああ! くそっ、出血がひどすぎる……ベル! 止血のための包帯か何かは!?」
「そんなのさすがに……あっ!?」
それに気づいて、グッと自分の背中にあるそれに手をかけるベル。
それを見たカロイスも、何をすべきかに気付くと同じように手をかけるのだった。


「ぅ……くっ!?」
気が付いた瞬間、ユリアは背中の痛みにすぐに顔をゆがめた。
「気が付いた、ユリア?」
「え……勇者、さま?」
背中の傷の事を考慮してくれたのか、うつぶせ状態で寝ているユリアが顔を向けると、
ベッドサイドに椅子を置いて、二人の冒険者が見下ろしていた。
昨日知り合った、ベルとカロイスである。
「とりあえず、ありったけの傷薬は使っておいたから、暫くすればすぐに動けるようになるわ」
「まったく、神官見習いが前線に立って子供を守るなんて……心意気は立派だけどな、
オレ達が間に合わなかったら、確実に手遅れになってたんだぞ」
カロイスの言葉に、力なく笑うユリア。
「申し訳ありません……緊急事態、でしたので」
「まあ、それはわかるけど……無茶するんじゃないの。ユリアは、あのウィンくんを
助けたかったんでしょ?」
はい、と弱々しく頷くユリア。
「だったら、絶対に助けられるって覚悟を持つこと。闇雲に突っ込んでいったって、
あれじゃどうしようもないんだから」
「それ、ベルが言ったらいけないと思う」
「なにか、カロイス?」
なんでもありません、と冷や汗を流してあさっての方向を向くカロイス。
「ですが……私は、あの時一人で……って」
そこまで喋って、ユリアはようやく気が付いた。
座っていてかなり気付くのに遅れてしまったが、二人が着ている服の、マント。
その一部、というか下半分ぐらいが、妙にすっきりとなくなっていた。
ただ切れたとかいうわけじゃなく、乱暴に引きちぎったような、そんな切り口。
「……まさか」
今、自分の背中にまかれている布の感触。
それの正体に気付いたユリアは『そうなのでしょうか?』という視線を二人に向けた。
それに対して、ベルとカロイスは揃って笑顔を向けて。
「こうやって、きちんと助かるように、助けたい人を助けないとね」
「気にするなって。マントなんてどこの街にだって売ってる。勇者パーティの
所持金の多さをなめるなよ」
二人のそんな言葉に、完全に言葉を失ってしまうユリア。
「(お二人とも……なんて……素敵な笑顔……)」
ユリア本人だって、とっても素敵な笑顔を浮かべる事はできるし、少なからず
その自覚だってあった。
だが、この二人の笑顔は次元が違うとも自覚してしまう。
人を助ける事。
誰かのためになる事。
そうして浮かべる笑顔というものは、こんなにも素敵なものなのか。
それを、ユリアは生まれて初めて知ったのである。
「そうか……もしかしたら、大神官様は、私にそれがたりないから、旅を……」
「ん? ユリア何か言ったかしら?」
ベルの問いかけに、ちょっとだけ間を置いてから口を開くユリア。
「私、神官見習いなんですけど……見習いを卒業するための旅ではなく、
違う理由で旅をするようにと、大神官様に言われていたんです」
「別の理由、ですって?」
はい、と頷いて前置きしてから。
「『人を助けるという事がどういう事か』これを理解しなさいと言われました」
人を助けるという事を理解する。
さて、それに対してきちんと回答をできる人間が、この世に存在するだろうか。
宗教的な理由で答えられる人間ならば、山ほどいるだろう。
だが、そうじゃない、もっと根本的なもの。
神に仕える身として……救いの代行者となる神官が、人を助けるという事は、何なのか。
「それ、どういう意味かわかったかしら?」
ベルの問いかけに、ユリアはきっぱりと口を開く。
「わかりません」
ユリアはそれがわからないから、きっと巡礼の旅の前に、理解の旅に出されたのだろう。
善行をつむ前に、まずはその善行とは何かを理解しろという旅。
ユリアは先程、こういう理由で自分が旅に出されたのだと理解したのだ。
「そっか。まあ、道を究めるってのは難しい事だからな。気長にやればいいんじゃないか?」
カロイスの言葉に、ベルもうんうんと頷く。
「あたしもまだ、勇者としての修行中だし、がんばってもっと強くならないと」
「お二人も、まだ修行中なんですか?」
ユリアの言葉に、同時に頷く二人。
「で、でしたら、っ!?」
いきなり動いたからだろう、背中の傷の痛みに表情が歪む。
立たせてはいけないとベル達が椅子から動こうとするが、それよりも早くユリアは口を開いて。
「私も、お二人と一緒に旅をさせてくださいませ!」


マントの方は格安で買えたし、神官服も衣装屋で修復を頼んだら数時間で元通り、なんと
血のしみ抜きまでしてくれた。
すっかり元通りになった三人は、この街にきて三日目で、ようやく旅立つ。
「あ〜ん♪」
道中、ユリアは宿屋でもらったぷちケーキを頬張っていた、ちなみに既に五つ目。
「うわぁ……オレ、胃もたれしそう」
「そう? 私は一つもらおうかしら」
「あ、はい。勇者様どうぞ」
「……朱に交わりやがったか」
カロイスが呟くが、元来女の子とは甘い物好きなのでこの場合は違う。
ユリアがぷちケーキを差し出すが、それを受け取らずに、何やらうむむと考え込むベル。
「どうしましたか、勇者様?」
「それ!」
「ど、どれでしょうか?」
相変わらず可愛く小首を傾げるユリアにしっとり癒されつつ、されどベルは
やれやれといった様子で口を開く。
「その呼び方は、ちょっとかたすぎ。私の名前はベルなんだから、ベルって呼んでほしいな」
「え……で、ですけど、勇者様は勇者様で」
「勇者だけど、名前はベル」
なんだろうこのやりとりは、と隣のカロイスが見下ろしている。
「うぅ〜……勇者様、ちょっと頑固ですね」
「頑固なのはユリアでしょ。あ、だったらこうするわ。ユリアが私の事、ベルって
呼ばないと返事しない」
「あ、あぁ〜それはずるいです〜勇者さま〜!」
無言で、しかも早足で歩きだすベル、鬼である。
そんなベルにあわあわしてしまうユリアに対して、仕方なくカロイスが助け舟を出した。
「ベルはな、お前ときちんと友達になりたいんだよ」
「え……ともだち?」
「あいつ、確かに勇者に違いないだろうけど、その前までは剣もろくに振れないような、
普通の女の子だったんだ。だから、同年代のユリアを見て、友達になりたいんだと思うぜ」
「……そう、なんですか?」
「幼馴染のオレが言うんだから、間違いない」
そう、それ正解、だけどベルが聞いたら顔を赤くして切りかかってくるので小声なカロイスである。
カロイスにそう言われて、無言でベルの背中を見つめるユリア。
その背中は、確かに勇者と呼ぶにふさわしい勇ましさを持っている。
とても少し前まで普通の町娘だったとは思えないが……それと同時に、ユリアも感じ取った。
早足で去っていくマントが『待ってるからね』と言っているのに。
「っ……べ、ベルさん! このケーキまだ食べてないですよね? お先にどうですかぁ〜!」
言いながら、ぷちケーキ片手にとてとてと走り出すユリア。
ようやく立ち止まって振り返ったベルの表情は、とても穏やかな笑みだった。


それからは、三人での旅路が暫く続いた。
特に大きな事件もなく、ベルも勇者としての実力はついてきたが、まだどこかで
感覚がズレてるのか、よくわからない理由で人助けをしようとしたり、ユリアはユリアで
完全にベルと友達感覚になってしまったようで、もうすっかり打ち解けていた。
そんな二人を、後ろで見守るカロイスはまるで父親のよう。
「あ、この宿屋にしない?」
辿り着いた街で、すぐ近くにあった宿屋を指差して問いかけるベル。
「そうしましょう。私、もうくたくたです〜」
体力がそれほどでもないユリアは、宿屋につくといつもこんな事を言っている気がする。
「ほらほら、もうちょっとなんだからがんばりなさいって。ね?」
ベルが言いながらポンポンと肩を叩くと、よしっと気合いを入れ直して、それから
ベルにありったけの笑顔を向ける。
本当に、ベルやカロイスとの旅が楽しくて楽しくて仕方ない、子供のような笑顔だった。
「やれやれ……人助けの意味を理解するんじゃなかったのか」
「それはそれ、これはこれです」
違う意味で理解をしていそうなユリアのセリフに、もう苦笑しかないカロイスである。
とにかくと、三人はそのまま宿屋に入って、部屋の予約をすませる事に。


それから、少しだけ時間は流れて、同じ街の入り口あたり。
一人の少年が街に入り、宿屋はどこだろうと歩いていた。
そんな少年の、賢者たる服装や雰囲気に気付いた女性二人のパーティが、もしやと
思いながら近づいて行く。
近づいて行って、間違いないと確信した。
だからその女性二人は、思い切って声をかけてみる事に。
「あ、あのう……」
女性の声に気付いた少年は、帽子に隠された顔をゆっくりと動かす。
「大賢者ライド様……ですよね?」
その問いかけに対して、目の前の賢者は内心呟く。
「(ああ、またこれか)」
そして、そう思ってから自分がすべきことも、もう完璧に頭の中で理解できている。
だから……賢者ライドは、今日も繰り返す。
「そうだけど……」
「キャーッ! やっぱり!」
「あのう……私達のパーティに入って下さいませんか!?」
「うん、いいよ」
自分ができる限りの、できそこないの笑顔で。
「そのかわり、キスしてくれる?」


そして、勇者と賢者は出会うのだった。