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鷹山孝弘様作

「二人の決意」
僕と私と勇者とネコ。
そして、勇者と賢者。
今の所、この二つの物語がどのような形で交わるかはわからない。
だが、物語は確実に動いてしまう。
だからこそ、この物語もまた動いてしまう。
言い訳はしない。
だけどもし、一言だけでも何かを伝えるのが許されるのならば、
この言葉は必ず残したいと思う。
ひろ先生、ごめんなさい、やっちゃいました。










二人の決意










火花が散っていた。
町まであと一日という距離でとうとう夜になってしまい、勇者ベル、賢者ライドを
はじめとした四人パーティは、仕方なく野宿をする事にしたのだ。
だから当然、四人の中央で散っている火花は焚火のもの。
「…………」
「ふふっ……」
バチバチバチ
決して、焚火ごしに睨み合うライドとカロイスの、嫉妬だかライバル心だか、
男心的に譲れないものがぶつかりあう火花ではないと、体裁上言わせてもらおう。
「なんだか、お二人とも毎晩こうですね。なんででしょう?」
パーティメンバーの一人、ユリアが携帯食のぷちケーキを食べながらポツリと呟く。
そんなユリアに、思わずベルが突っ込んでいた。
「ユリア、そんなのいつの間に手に入れてたの?」
「あ、これは前の町で怪我をした男の子の治療をした時に、お礼にもらったんです」
確かその町、もう三日前に出発した場所だったと思うのだが。
「賞味期限……というか消費期限が怖いわ」
「大丈夫です。くさりかけが美味しいという食べ物も存在しますから」
それは肉の話だと突っ込もうとして、ベルはやめておく。
まあ、今の所ユリアは体調不良をうったえてないのだから、本当に
大丈夫なのかもしれない。
それよりも今、問題なのは。
「んじゃ、今日はこの配置で寝るって事で」
「却下! ライドお前、ちょっと最近ベルの隣で寝すぎだ」
「え〜いいじゃん。勇者と賢者、常に近くにいた方が有事の際に対処しやすいでしょ?」
「そんなのこの距離じゃ対して変わらないだろ! というかライドがベルの傍で
寝た方が有事が起きそうなんだよ」
「侵害だなぁも〜。オレってそんなに不審者に見える?」
「まだその笑顔が胡散臭いんだよ〜」
「手厳しいなぁカロイスくんってば」
片や笑顔で、片や凄い形相でお互いを睨み合っている男二人。
いよいよ中央でぶつかりあっている火花に、無意識に魔力がこもりはじめた、おそらくライドのものだろう。
「あ〜もうはいはいそこまで。誰が隣で寝ても大差ないでしょ、ライドもカロイスも」
『ある!』
妙な所で気が合う二人、同時にそんなセリフが飛び出した。
これにはさすがの勇者ベルも、顔をひきつらせて一歩引いてしまい。
「よぉし、じゃあ公平にじゃんけんで決めようじゃないか」
「やれやれもぉ……一発勝負だからね。三回勝負だ〜とか、そんな往生際悪いのなしだよ」
「それはこっちのセリフだ! いくぜぇ!」
というわけで始まった、男二人のじゃんけん大会。
勝った方がベルの隣のポジションで眠る権利を手に入れるというものだが……なんというか。
「(嬉しいけど、なんだか複雑)」
この二人が確実に自分に対して何かしらの感情を持っているのを感じ取ったベルは、されどそれが
何なのか確信が持てず、また持つことも今はすべきじゃないとわかっていたから、
余計な事は考えずに、ぷちケーキを食べ終えたユリアに向かってこう言った。
「今夜は二人で寝ましょ。ライドとカロイスは、そっち側ね」
「はぁ〜い♪」
『えぇ〜!?』
四度目のあいこがぶつかりあった瞬間、男二人の驚愕の声が夜の森に響き渡った。


賢者ライドが、勇者ベルのパーティに入って、最初の数日はまあ、こんな感じだった。
ベル自身、ライドが一緒についてきてくれる事がとても嬉しかったし、ユリアの方も
それをとても喜んでいて、カロイスの方はといえば、戦力的に期待し、ライドの噂的に
厄介な仲間だと警戒をしていた。
が、勿論カロイスも、ライドの本来の性格というか本性というか、とにかく
『これがライドなのかも』という印象を別に持っている。
が、それはそれ、これはこれという困った割り切り方をしているカロイスでもあった。


そんな四人パーティが、ようやく次の街に辿り着いた時だった。
「あら?」
最初に足を踏み入れたベルが、首を傾げて周囲の建物を見回す。
前の町や、ライドと出会った町とそれほど作りは変わらないのだが……何故だろう。
「人の気配が……あるにはあるが」
「なんか、静かだな」
ライドとカロイスの言葉に、最後尾でついてきていたユリアが首を傾げると、
ててて〜と小走りで街中へと入っていく。
それに三人もついていくのだが、やはり妙だった。
時刻は昼過ぎ、通行人がいないのは百歩譲って目を瞑るとしても、この時間ならば
元気に遊びまわっているであろう子供達の姿すらない。
どこの家も窓がしまっており、それどころか雨の気配すらないのに雨戸すらしまっている始末。
「なんか、この街怯えてない?」
ライドの言葉は、三人にも納得のいく結論だった。
まるで、外に出る事自体を恐怖と感じているかのように、どの家もしんと静まり返っている。
最初に言ったように感じる人の気配は、家の中にしかないようだった。
「何があったのかしら……調べてみないと」
「そうですね。もしかしたら、モンスターの襲撃とか、盗賊の襲撃とかあるかもしれません」
よし、と気合いをいれて、まずは手分けして情報収集に走る四人。
ベルは片っ端から家の扉をノックして開けてもらうように頼み込むのだが、開けてもらうどころか
返事すらかえってこない。
カロイスもベルと同じようにして、そして同じように撃沈していた。
ライドは少しやり方を変えて『勇者パーティの勇者保険に入りませんか?』なんて第一声を
扉越しに笑顔でかけていたので、直後、通りがかったベルにどつかれていた。
「だって、セールスは笑顔が大事なんだぜ」
「いつから私達は商売人になったのよ」
睨みつけるベルに、ごめんなさいと笑顔でこたえるライド、きっと反省はしているのだろうが、
まだその表現の仕方が雑なのだろう。
それをベルもわかっているようで、それ以上ライドをせめたりしなかった。
「そっちはどうだった?」
と、そこへ別方向の区域で情報収集していたカロイスと合流する。
ベルが首を横に振り、ライドは両手を広げて降参のポーズ。
「そっか……こっちも、誰も声を返してくれないんだ」
「なんでかしら。見た所モンスターの気配もないのに、なんでこんなに静かなの?」
「……もしかしたら」
ライドの呟きに、ベルとカロイスが顔を向ける。
「まさにこれから……いや『もう既に』何かが始まってるのかも」
「え?」
「感じないか、二人とも?」
ライドの言葉と視線に、ベルとカロイスは空を見上げる。
今日はいつも通りの快晴で、洗濯物なんてよく乾く天気に時間帯だというのに、
どの家にもそのようなものは確認できない。
否、問題はそこじゃなかった。
「……なんか、空が」
「暗い?」
カロイスとベルも、ようやくそれに気づいた。
この街に入るまで気付かなかった、というよりこの街に入ったから気付けたのだろう。
青空であるはずの上空が、薄く紫色の空気をまとっている。
それは少し毒々しくて、見ていてあまり気分の良いものではない。
「なんだありゃ? まるで……結界?」
「ユリアならわかると思う。ユリアが合流するのを待とう」
ライドの言葉に、二人は頷く。
ほどなくして、ユリアが現れた。
「ダメです〜。皆さんお返事してくれませんでした〜」
がんばって走ってきてくれたようで、既にユリアはヘトヘトの様子。
「ねえユリア、空を見た?」
早速のベルの言葉に、肩で息をしながらきょとんとし、そして初めて空を見上げる。
空の色に気付いたユリアが、目を大きく開いて思わず呟いていた。
「これは……エナジードレインの結界」
「なんだそれ?」
カロイスの問いかけに答えたのは、ユリアではなく賢者ライド。
「エナジードレインか……広範囲に結界を張って、その内部にいる生命の魔力や
生命力、とにかくあらゆる力を吸い上げる、趣味の悪い魔法細工の一つだな」
「え……ってことは!?」
バッと、ベルが空と街とを見比べる。
もう既に四人は街中にいるのでハッキリとした距離感はつかめないが、その仕草に、
ライドを始め、カロイスとユリアも気付いてしまった。
「この街全部、そのエナジードレインの結界の中って事!?」
「そっか……どうりで街の人間が、外に出ようとしないわけだ」
カロイスの言葉に、ライドが頷く。
「少しでも結界の影響を受けたくないんだろう……いや」
と、ライドが何かを呟こうとしたが、それはすぐに止まってしまう。
気になったベルが、ライドに問いかけようとするのだが。
「み、皆さんあれを!」
ユリアが突然、自分達がやってきた街道の方を指差した。
視線を向けると、そこから現れたのは、人型の、しかし翼をはやした、
明らかに魔物の類とわかるモンスターの群れ、ザッと十匹といったところか。
「こりゃ、袋の鼠ってわけだな」
珍しく口元に笑みを浮かべながら冷や汗を流し、ライドが更に四方を確認。
見ると、ベル達勇者パーティは、進路という進路をそのモンスターに囲まれていた。
その数およそ、総勢五十。
「き、厳しすぎないかこれ?」
言いながらカイロスが構えをとり、ライドが片手を振り上げて魔法発動の準備をする。
「諦めなって。きっとこいつら、オレ達が街中に入るの、草葉の陰とかで待ってたんだよ」
「チッ、罠の中ってわけか……けど」
ライドとカロイスが、チラリとベルに視線を向ける。
剣を抜いた彼女は、やはり同じく冷や汗を流しながらも、その表情には
少しも苦悶の表情を浮かべてはいなかった。
その表情は……あえて言うならば、怒りだろうか。
「こいつらがきっと、街の人達から力を吸い取ってるのよね?」
「だろうね」
ライドの言葉が、最後の引き金。
「そう……なら」
キッと、ベルの視線が一気に鋭くなり。
「全部叩きのめすわよ!」
「おっけー!」
「ああ!」
「参ります!」
四人は同時に、魔物の群れに向かって突撃を開始した。
「あ、オレ接近戦は無理だからよろしく」
「回復は任せてくださいね〜」
訂正、二人は魔物の群れに向かって突撃を開始した。
なんだかな〜と呆れる感情をどこかで持ちつつも、ベルとカロイスは
一気に蹴散らしにかかるのだった。


時間にすれば、およそ十分ほど。
幸いモンスター達は数は多かったが実力はそれほどでもなく、ライドの
広範囲魔法がことのほか効きまくったので、凄まじいスピードで殲滅できた。
「ふぅ」
しかし、さしがのライドも数に押されたのか、最後の方では息を吐いている。
「これで最後か!?」
目の前の一匹をどうにか倒しこんだカロイスが、ベルに言葉を飛ばす。
剣を振り下ろし、自分が担当していた一匹を切り払ったベルが周囲を確認して、
大きく頷いた。
「ええ、これでなんとか」
「よっしゃ!」
ガッツポーズをとって、カロイスが喜ぶ。
ベルも小さく息を吐いて、これで一安心だと思っていた。
だが、そうではない。
「カロイスくん、ユリアちゃん」
ふと、パタパタと手をうちわのようにして自分をあおぎながら、ライドが
二人に声をかけてきた。
「ちょっと街を頼む。オレとベルは、街の外に行ってるから」
「は? どうして?」
カロイスの当然の疑問に、ライドは空を見ながら答えた。
「結界がとけてない。という事はこれを張ってるシンボル、またはラスボスが
いるってことだろ。それを、ベルとオレで叩いて来る」
「で、でしたら私達も」
ユリアの当然の言葉に、ライドは真っ直ぐに視線を向けて否定の言葉を放った。
「二人はダメだ」
「な、なんでですか?」
「二人には、もっと重要な役目をしてもらう」
「はい?」
何の事だろうと首を傾げる、ユリアとカロイス。
ベルもどういう事だろうかと問いかけようとするが、それより先に
ライドが振り返って。
「んじゃ、サクッとこの街救ってこようぜ」
いつか見たように、ビッと親指をたてて合図を出した。
「……ライド?」
ベルはなんとなく、その仕草の意味する事を知っている。
ライドがああやっておどけている時は、大抵何かしらの感情を隠している時だ。
つまり、ライドは何かを知っている。
そしてそれを、カロイスとユリアに任せようとしているという事は……。
「わかったわ。サクッとね。行くわよ!」
ライドならきっと、話をしてくれる時がくるはず。
それを信じて、ベルは先に走り出した。
ベルが先に言ってくれた事に安堵したライドは、改めてカロイスとユリアに向き直り。
「じゃあ、二人には改めてお願いがある……この街の住人、全員を助けてくれ」
「え……な、なんだよそれ?」
「全員を助けてって……もう、モンスターは皆さんで倒して、最後もベルさんと
ライド様でなんとかするんですよね?」
二人の言葉に、チラリとベルの去った方向を念の為確認してから。
「急がないと、おそらくこの街はもう、もたない」
その言葉を前置きに、ライドは自分の推理を伝えた。


「ぬぁっ!」
話を聞いたカロイスが、まず最初にやった事。
それは、手近にあった家の扉を、力任せに蹴破る事だった。
さすがに一撃で壊れるほどやわな設計ではなかったようで、男であるカロイスの
パワーをもってしても、三発ほどのアタックが必要になる。
「(なるほど、これは確かにユリアじゃ無理だな)」
相変わらずのライドの状況把握能力に驚く半面、悔しさを滲ませながら
ついに扉を壊すカロイス。
すぐにユリアが家の中にかけこんで、状態を確認。
そこで二人が目にしたのは……ライドが推理した通りのものだった。
「これは……」
子供と母親、だろうか。
どちらも随分とやせこけており、玄関前だというのに床に転がって、もう
立つ事もできそうになかった。
そんな現実を確認できて、初めてカロイスとユリアは理解した。
住人達は、ベル達の声に返事をしなかったんじゃない。
返事ができなかったのだ。
「ユリア! 急いで回復呪文を!」
「はいっ!」
少し考えればわかりそうなもの。
この街にエナジードレインの結界が張ってあって、ならばその結界は、
いったいいつから張られていたのか。
ライドは結界に気付いた時点で、この街の住人は、既にひんし状態であるという
推測をたてていた。
そうなったら、もし結界をどうにかできたとしても、街の復興は容易な事ではない。
だからライドは、カロイスに扉の破壊、その後ユリアに住人達の回復を任せて、
そちら方面では役に立てない自分とベルは、結界を破壊しにいくという作戦を考えたのだ。
本当にあの賢者、どうかしてるとか言いたくなるほどさえまくっている。
伊達に今まで、孤独の旅をしてきたわけではないという事だろうか。
だが、この作戦について、ライド自身は不満があった。
その不満こそが、ベルだけにはこの作戦を伝えなかった原因である。
「よし、次の家だ!」
「急ぎましょう!」
カロイスが扉を壊して、ユリアが回復呪文をかけつづける。
そしてライドは二人に……『街の住人全員を助けてくれ』といった。
さて、街というからにはこの街、一体人口はいかほどのものだろう。
それに対して……カロイスの体力と、ユリアの魔力、精神力は
どれだけくらいついていけるだろうか。


「もらったぁ!」
ライドの魔法によるエンチャントソード(ゴーレムを倒した時のアレ)で、
目の前で牙をむくラスボス、アークデーモンにトドメの一撃を叩き込むベル。
鋭くも、されど光を散らしながら振り下ろされた一撃は、見事にアークデーモンを
光の粒子にしてやった。
返り血なんてものはおろか、そこにアークデーモンがいたという痕跡すらない。
「はいお疲れさん」
ぱちぱちと拍手しながら、後ろで見守っていたライドがベルに近寄っていく。
「もうライドってば! 結局最後は私にやらせるんだから」
「だって、オレの魔法って派手なの多いから、アークデーモンクラスのやつを
相手するとなると、どうしても周りへの被害が酷いんだもん」
ましてや相手は、エナジードレインの結界で力を蓄えまくった強敵。
そう言われてしまっては何も言い返せないので、むくれながらも結局、
最後は溜息を一つついてしまうベルである。
「とにかく、これでエナジードレインの結界は大丈夫なのね?」
「ああ、向こう見てみな」
言われてベルも視線を向けると、街の方の空が青くなっている。
紫がかった空気が完全に消えていて、もとの正常な状態に戻ったのだとすぐにわかった。
「はぁ、良かったぁ……なんとか、街を救えたみたいね」
なんだかんだで、アークデーモンとの戦いはかなり緊張していたようで、
その場にへたりこんでしまいそうになるベル。
だがその直前、ガシッとライドがベルの腕を掴んだ。
「え……ライド?」
何のつもりだろうか。
いつも突拍子の無い行動とノリで自分に恥ずかしい思いをさせてくるライドだから、
もしかしたらここで『街を救った記念に』とかいって何かやりかねない。
そんな、嫌なような喜びたいような複雑な気持ちでライドの顔を見上げて、
直後、そうではないと気付いた。
「早く戻ろう。今度はオレ達が、カロイスくんとユリアちゃんを救う方だ」
「ど、どういう事?」
「まずはアイテム屋……いや、あの状態じゃ在庫なんて無いも同然か。
しょうがない、手持ちの回復アイテム全部使ってでも」
「ちょ、ちょっとライド、お願い、もう説明してよ」
ベルの言葉に、一瞬だけ間を置いたライドが、久しぶりに切羽詰まった表情を見せると。
「もう隠す必要は無いから言うけど、黙ってたからって、また怒らないでね」
そんな、形だけの前置きをしてから、ライドはカロイスとユリアに託した任務を
ベルに伝えるのだった。


「はぁっ! はぁっ!」
これで大体、百軒目といったところだろうか。
既に一軒の扉を破壊するのに、五分はかかるようになってしまったカロイス。
見ていられないとユリアも参加しようとしたが、それをカロイスは必死に止めた。
「お前は住人の回復を任されたんだ! ムダに体力を使うな!」
「で、でもこれでは……」
全てを回る前に、間違いなくカロイスが倒れる。
実を言うとここまでに、ユリアの回復呪文でカロイスを回復させるという処置を
思いつきもしたのだが、それをカロイスは断固として拒否した。
理由は簡単、住人を回復させるだけのユリアの魔力がなくなる可能性があるから。
「んのぉっ!」
ドガァッ!
十二度目の体当たりで、ようやく次の家の扉を破壊するカロイス。
だがかなり限界までぶちあたっていたようで、そのままカロイスは床に倒れこんでしまった。
「カロイスさん!」
「オレはいい! 早くこの家の住人を!」
直後、ぐっと腕で上半身を持ち上げて叫ぶカロイス。
ビクッと肩を震わせるユリアだったが、それでも急いで家の奥へと走っていく、
どうやらこの家の住人は、二階の寝室で寝込んでいるようだ。
「く……く、そっ」
一時しのぎの回復アイテムで体力回復をはかるが、ふと気付くと服の右肩部分が露出していて、
出血していた。
どうやら体当たりのしすぎで、とうとう防具の方も限界を迎えてきたらしい。
「危ない危ない」
ユリアに気付かれたら、また回復するとごねられる所だっただろう。
急いで傷薬で応急処置し、アーマーで無理矢理その箇所を隠すと立ち上がった。
途端、一瞬視界がぐらつくのを感じる。
「(やばい……ちょっと、回復が追いついてないか)」
手持ちの回復アイテムは、今ので底をついていた。
だが、ユリアの回復呪文を頼るわけにはいかない。
ユリアはライドに、住人の回復を任されているのだから。
「オレが……足手まといになるわけには……」
「カロイスさん、終わりました!」
駆け戻ってきたユリアを確認すると、よしと頷いて隣の家へと向かう。
外に出て、走って二秒もかからないような隣の家へと向かう……たったそれだけの距離だったのに。
ガクッ
「あっ!?」
カロイスの足がもつれて、地面に倒れてしまった。
「カロイスさん!?」
急いで駆け寄るユリアに、大丈夫だと呟くと上半身を持ち上げる。
「……あれ?」
だがおかしい。
腕は動いたが、足が動かない。
肩や腕など、上半身が疲労しているならともかく、どうして足にこんなに疲労が。
そこまで考えて、なんとなく理解した。
そういえば自分達は、さっきまで五十匹ほどのモンスターと戦っていたのだと。
「(確かに、全身まんべんなく疲労してるよな、そりゃ)」
「す、すぐに回復呪文を」
「いいから!」
叫ぶなり、麻痺でもしてるんじゃないかという足を腕の力でズリズリと引きずりながら、
隣の家へとなんとか辿り着くカロイス。
壁に手をついて強引に立ち上がると、そのまま扉に向かって体当たりの体勢に入った。
「っ……カロイスさん……」
先に言っておくと、ユリアの方の回復アイテムもつきている。
だからカロイスを回復させるには、もうユリアの回復呪文しか方法は残っていないのだが。
「どうして……どうして、そんなにボロボロになってまで……」
死ぬかもしれないこの状況で、どうして賢者ライドに頼まれたからといって、
そこまでできるのだろうか。
ユリアとて消耗はしているが、カロイスほど顕著に疲労が出ているわけではない。
しいて言えば、そろそろ目の前が真っ暗になりそうな程度である。
だが。
「……あのな、ユリア」
ふらふらと扉に腕を叩き付けながら、カロイスが呟く。
「オレ達はな……勇者のパーティメンバー……勇者の仲間なんだぞ……」
ぐっと力をこめた瞬間、隠していた右肩の怪我がユリアにも見えた。
「確かに勇者は凄いかもしれない……ベルのがんばる姿は凄いし……多分、オレも
ライドも、そんなベルと出会ったから、今こうしているんだと思う。
間違いなく……間違いなく、ベルは勇者なんだ」
無理矢理腕に力をいれはじめたのだろうか、肩からの出血が少し激しくなってくる。
「賢者ライドだって、性格はあんなだが、魔力、判断力、そして戦闘能力、
どれをとってもベルに引けをとらない……むしろ、あの二人なら、あの二人さえいれば
どんな困難だって乗り越えるかもしれない……けど」
このままでは無理と判断し、フラフラと一歩後退すると、ぐっと姿勢を低くする。
「それでも、オレもユリアも、そんな凄い勇者と賢者の仲間で……そして、頼まれたんだ。
二人は二人のできる事を……オレ達には、オレ達のできる事を……だから」
肩はもう使えない、というか使ったら間違いなく再起不能になるだろう。
ならば。
「だからオレ達は……ベルとライドの仲間でいて恥ずかしくない、勇者と賢者が
遠慮なく頼ってくれる、そんな仲間でいたいんだよ!」
頭から突っ込んでいった。
正気の沙汰ではないカロイスの行動に、声にならない悲鳴をあげるユリア。
余程自棄になって突撃していったのか、なんとたったの一発で扉の破壊に成功。
「ぁ……う」
だが、そこでカロイスの意識はついに途切れるのだった。


「ぅ……あ、れ?」
次にカロイスが気が付いたら、視界にうつったのは見知らぬ天井。
そして次に感じたのは、感覚が薄くなっていたはずの右肩に感じる、あたたかな温もり。
まだ起きたばかりのうつろな視線でそちらを見ると、そこにいたのは、一人の少女。
「ユリア?」
「グスッ……グズッ……」
彼女は泣きながら、カロイスに回復呪文をかけ続けていた。
それをようやく認識できた瞬間、全てを理解する。
どうやら、自分達はやりとげてしまったらしいと。
「なんで泣いてるんだよ?」
思ったよりも力の無い自分の言葉に若干驚きつつも、問いかけるカロイス。
その問いかけに、ユリアはグズグズと鼻をならしながらも、答えてくれた。
「私が……私が、なんにもできなかったから……」
「は?」
治療を続けていたユリアの手が、少しだけ拳を形作る。
「私、ライド様に言われて、一生懸命に街の人達を助けてたのに……でも、
本当はなにもできてなくて……全然、役に立ってなくて……」
「いや、でもユリアの回復呪文がなかったら今頃」
「そうじゃないんです!」
ユリアにしては珍しい、強い口調。
驚いたカロイスの目の前で、そのままの語気でユリアは叫び続ける。
「どうして私、今まで気付かなかったんですか!? ベルさんは凄い、ライド様は
凄い、そしてカロイスさんはそんな二人に負けないように、もっと凄かった……でもっ!
でも私は、どうして今まで何もしてなかったんですかっ!?」
「……ユリア」
「悔しいです! 皆さんと同じパーティにいながら、私一人だけ、そんなあまい気持ちで
皆さんと旅をしていた事が……何も考えないで、旅を『楽しい』とだけしか
思っていなかった私が……もう、もう我慢なりません!」
やりすぎたかな、と今更ながらにカロイスは後悔した。
確かにユリアは、普段のほほんとした天然さんのように見えるし、実際の所は
そういう面がかなり強いだろう。
だが、ユリアとて人間……喜怒哀楽をちゃんと持ち合わせている。
だからユリアは、今まで『喜』や『楽』しか見ていなかった事に悔しがっているのだ。
否、見ていなかったのは『怒』や『哀』だけでもない。
もっともっと、人として努力しなくてはいけない部分や、自分がどうあるべきかなど、
現実をしっかり見据えるだけの『覚悟』が足りなかったのだ。
カロイスは最初からそれを持っていたのだが……。
「……っ、く!」
「っ、カロイスさん?」
治療されている右腕はまだ動かせないので、距離的にきついが左腕を持ち上げて、
左手をユリアの頭の上に乗せるカロイス。
ポカンとそれを見つめるユリアの目には、いつの間にか涙の筋が確認できた。
「悔しいんなら、それでいいんだよ」
「え?」
「悔しいっていうのは、きっと過去の自分と向き合う事だ……だから、それができたって事は、
きっとこれからのユリアは変わっていく。成長していくと、オレは思うぞ」
「……カロイスさん」
やりすぎたかもしれないが、間違いでもなかったかとカロイスは思う事にして。
「がんばってくれて、ありがとうな、ユリア」
「っ!? ……う、うぅ」
果たしてこの時、カロイスとユリアはどんな表情をしていただろうか。
それは、お互いを見ていた二人にも、そしてきっと当人もわからなかった事だろう。
だが、これだけは言える。
二人の気持ちは、決して後ろ向きではなかったと。


「で、ベルとライドは?」
治療も終えて、どうにか動けるようになったカロイスがベッドから上半身を持ち上げる。
今更だが補足させてもらうと、ここは街の宿屋。
カロイスが倒れてすぐ、アークデーモンを倒したベルとライドがかけつけて、扉の破壊を
ベルが、重症のカロイスをライドが背負う事になり、ユリアは死にもの狂いで住人の回復にあたった。
賢者であるライドの回復アイテムの備えがそこそこあったとはいえ、もう最後の方はユリアも、
全身に汗を浮かべながらの作業だったため、後ろでベルが祈るような目を向けていたのは
ここだけの秘密である。
「あ、ベルさんでしたら、今隣の部屋でライド様をお説教しています」
「え?」
言われて耳を澄ますと、何やらぎゃ〜ぎゃ〜怒鳴っている女性の声が聞こえてくる。
どうやらカロイスとユリアに無茶をさせるのを自分に黙っていた事に相当頭にきているようで、
断片的に聞こえる内容は、かなり私情にまみれたものになっているようだ。
もっとも、それだけだったならばライドは少しだけしゅんとして、少しだけ反省する
程度だっただろうが、恐ろしい事に、お説教をしている最中、ベルは思いっきり泣いていた。
ベルの泣き顔に耐えられなかったライドは、またもや真剣に反省する形になってしまい、
今度はどんな無茶な作戦をたてる事になったとしても、絶対にベルには話してやらないとと誓ったとか。
「ありゃ……近所迷惑にならなきゃいいんだが」
「大丈夫ですよ。街の皆さん、凄く感謝して宿を無料で提供してくれましたから」
「ユリア、それ微妙に答えになってない」
「そうですか?」
首を傾げる可愛らしい少女は、もういつものユリアである。
だが、あの時の気持ちを忘れたとはカロイスも当然思ってなくて。
「とにかく、ユリア」
「はい?」
全てが片付いたと、隣の勇者と賢者のやりとり(というか勇者の一方的な説教)で
ようやく確信したカロイス。
だから、ようやくこの言葉が口にできる。
「これからも、ベルやライドの仲間として……お互い、がんばっていこうな」
最高の笑顔で言うカロイスに対して。
「勿論ですっ♪」
やはり最高の笑顔で、決意を新たにするユリアだった。