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鷹山孝弘様作

「ベルとライド」
勇者として選ばれ、旅に出た勇者ベル。
そんなベルの幼馴染として、そしてベルを見守るために
旅についてきた剣士カロイス。
神官としての意志を見極めるため、旅に出された神官見習いユリア。
そして、孤独でありながら勇者と触れた事により、
少しだけ人との触れ合いに前向きになった賢者ライド。
四人は、ひたすらに旅を続ける。
その先に待っているものなんて、まだぼんやりとも見えやしない。
だけど……今回はもしかしたら、そんな四人の立場なんて、
全く関係ない。
そんな、ごくごく普通の物語かもしれませんね。










ベルとライド










「へぇ……この街は今までよりも活気があるわね」
前にいた町から更に歩いて数日、ようやく勇者ベルを中心とした
四人パーティは、次の街へと辿り着いた。
貿易もそれなりにあるようで、内陸ではあるものの物流があり、
あちこちで世界中からやってきた商人が店を出しているのがわかった。
「このあたりは、おそらく貿易都市に近いものかもしれないんですね」
「どういうこと、ユリア?」
ベルの問いかけに、ぱくぱくとショートケーキを一気に頬張った
神官見習い、ユリアが改めて口を開く。
ちなみにそのケーキは既に五つ目なのだが、もうそれに関して
突っ込む仲間は誰もいなかった。
「カロイスさんに見せてもらった地図によりますと、ここは色々な
町へ行くための中間地点ですから、必然的に人が集まるようです」
「ああ……となると、商売人はここで商売をしたがる、ってことか」
そうですわね、と笑顔で語るユリアも、旅をしている間にすっかりと
そのあたりの知識を身に着けてきたようだった。
それもこれも、一人旅をずっと続けてきた、あの賢者様のおかげだろう。
さて、その賢者様たるライドは何をしているかというと。
「三部屋ね」
「四部屋だ!」
「え〜だって宿代勿体ないよ。だから三部屋にした方が絶対に今後のためだって」
「お前、ぜぇったいにベルと相部屋になるつもりだろ!?」
「え? 何を今更?」
「笑顔で爽やかに言うな! お前な、もう完全にベルの事考えてないだろ?」
「そんなことないって〜。ベルだって俺と相部屋の方が嬉しいはずなんだから」
等と言い合っていたりする、本当に困った賢者ライドだった。
この四人旅になってからというもの、カロイスとライドの言い合いの無い日など
あったためしがなく、野宿のたび、宿での宿泊のたび、ふと目があったたびと
あらゆるタイミングで二人は言い合いをしていた。
基本的にはカロイスが噛みついて、ライドが笑顔で流しているように
見えなくもないのだが、その実、ライド自身も内側で結構白熱していたりする。
で、そんな男二人の様子というか中身、心意気をベルも理解しているので。
「止めたいけど……私じゃ言い出しにくい……」
何しろ、カロイスとライドの二人が言い争う原因が、ベル本人なのだ。
しかも好意からによる奪い合いだというのだがら、もう女心的には複雑もいいところ。
これは三角関係という言葉がぴったりあてはまるのだが、実際それにまきこまれた
ベルはといえば本当に困ったものだった。
「あ、ベルさん、宿では何部屋とりましょうか?」
「ん〜……じゃあ二部屋」
『えっ!?』
ユリアの問いかけにベルがこたえると、口喧嘩をしていたカロイスとライドも
何事かと視線をベルに向けた。
三部屋でも問題あったというのに、まさかの二部屋発言である。
これはあれだろうか、まさか二人部屋にベルを確定として、カロイスかライドのどちらかが
セットになって、残った男女二人が組み合わさるという、ベルなりの強引な
男女関係の解消方法なのだろうか?
だが、ベルは残酷にも口を開く。
「カロイスとライドで一部屋、私とユリアで一部屋でいきましょ」
「そうですね、宿代もそこそこ浮くはずですから」
途端、ガクッと肩を落とすカロイスとライドがいるのだった。


その日の夜、宿屋の相部屋にて。
時刻はとっくに眠る時間を過ぎており、ユリアなどはすぅすぅと心地よさそうな
寝息をたてていた。
無理もない、ここ数日はずっと野宿だったのだから、ベッドの上で眠る事が
どれだけ心地よいかを現在実感中なのだ。
おそらく、翌朝は寝坊をすると思われる。
「はぁ……まったく、カロイスとライドったら」
一人、なんとなく眠れなかったベルは、ベッドに腰掛けながら外を見つめる。
窓から見える景色は星空で、どこで見るそれとほとんど変わらず、とても
神秘的で目に優しかった。
ずっと見つめていると、そのまま吸い込まれそうな気持になってくる。
これで窓を開け放てたらもっと良かったのだろうが、そこまでしたら
おそらくユリアが起きてしまう。
「……どうしよう」
そんな星空を見上げながら、ふと気になるのは、やはりあの男二人のこと。
幼馴染のカロイスと、賢者ライド。
カロイスが自分の事をずっと過保護に見てきたのは知っているし、そのあたりに
どんな感情があったのか、ベルもなんとなく察しがついてきていた。
特に、ライドという旅仲間が加わったあたりから、特にそれを強く感じる。
そしてライドの方はというと、こっちはもうあからさまだった。
最初こそ感情の読めない、何を考えているのかわからない行動ばかりのライドだったが、
その実、全ては自分の居場所を探していて、ベル達のパーティに入ってからは、
それはもう仲間のために必死になってサポートしてくれていた。
普段のあの笑顔と軽い口から誤魔化されそうになるが、ベルはもう見抜いている。
ライドという少年は、間違いなく仲間想いの人間なのだ。
それでいて、特に自分にくっつこうとしてくるあの態度。
それこそが、あからさまなライドの性格というやつ。
つまり……カロイスもライドも、自分の事を好いてくれているという現実があった。
「はぁ……困った」
好かれて嫌なわけではない。
ただ、ベル自身がそういう好意を向けられているという事に、物凄い
戸惑いを覚えているのだ。
ベルとてやはり少女なのであり、好きな男の子がいたら、一緒にいたいし
お付き合いだってしたい。
だが、今のベルは勇者なのだ。
例え旅仲間といえど、果たしてその男の子の好意にこたえてしまっていいものかどうか。
勇者的にそれは、もしかしたら間違えた、横道にそれた行為ではないか。
そもそも、自分はカロイスとライド、選ぶとしたらどちらなのか。
「うぅ〜……わからない……」
本当に、ベルは自分がわかっていない。
カロイスの事だって大好き。
ライドだって、本当に気になる素敵な人。
じゃあ……もし、女の子としてどちらかを選ぶとしたら……?
「……苦しい」
そもそも、恋愛なんてしていいものなのか。
したとして、じゃあカロイスとライド、自分はどちらを選ぶのか。
それ以前に自分は、あの二人のどちらかが真剣に好きなのか。
カロイスとライドの態度が見当がついてしまうくせに、自分自身の気持ちや
すべき行いがまるで見えない。
本当に、私はどうすればいいのだろう。
「…………」
結局ベルはその日、一睡もせずにベッドで横になるだけだった。
しかも……そんな夜は、今日で三日目を記録していた。


空が白み始め、更に暫くして本格的に朝になったかなというタイミングで、
ゆっくりとベルがベッドから起き上がる。
やはりいつも通り、全く眠れていない。
今までは気合いでどうにか疲れを誤魔化してきたが、宿屋のベッドですら
眠れなかったとなるとこれは重症だ。
いざという時、ベルが戦えないというのはかなり痛いだろう。
「どこかで気持ちの整理……つけないと」
でも、今の自分にそれができるのだろうか。
そんな事を悶々と考えながら、まだ起きていないユリアに気付かれないよう、
こっそりと部屋を出た。
すぐ隣は、カロイスとライドが寝ている二人部屋。
時間的にはかなり早いが、もしかしたらカロイスあたりは起きているかもしれない。
「……相談してみようかな」
思ってみて、何をバカなとも思った。
悩んでいる本人に相談をするなんて、本格的にベルは疲れている証拠。
だが、ユリアにこんな話をするのは少し恥ずかしい、というかあのユリアが
この手の話題に飛びついたらどれだけ酷い目にあうかと思うと、ちょっと
勇気が出なかった。
となると、現段階で相談できそうな仲間といえば、幼馴染のカロイスしかいないのである。
そんな結論に大きく溜息をつくと、いちかばちかと扉をノックするベル。
「開いてるよ〜」
返事はあった、だが。
「(え……ライド?)」
返事はカロイスのものではなく、ライドの声だった。
予想外の人物の声に、どうしたものかと戸惑ってしまうベル。
「廊下で迷ってると挙動不審だから、入ってきなよベル〜」
どうしてノックだけで相手を特定できるのか、と心の中で突っ込むベルだが、
相手がライドならばなんでもありなのかなと思う事にして、そして溜息。
「ライドが相手だと、なんでもありみたいな思考が身についてきてる自分が怖いわ」
「はやく〜」
ライドの声に、もう一度溜息をついたベルはようやく扉を開く。
中に入ってみると、ライドはいるようだったが、カロイスの姿がない。
どうやらカロイスは一足早く起きて、おそらく朝食をとるために宿屋のホールに
先に行っているのだろう。
……だが。
「く〜……すぅ〜……」
あからさまだった。
今まで扉越しに声をかけてきていたはずのライドが、何故か今はベッドの上で
わざとらしい寝息をたてている。
これはあれだろうか、ベルに起こしてほしいとか、そういう意思表示なのだろうか。
なんとなくそんな雰囲気を察したベルは、ゆっくりとライドに近づく。
それから、念のため問いかけてみた。
「何してるの、ライド?」
「むにゃむにゃ……寝てる」
寝てる人間はそういう返事は絶対にしない。
溜息をついたベルは、それでも律儀に疑問を投げかけた。
「それで、ライドは何がしたいわけ?」
「眠り姫を起こすには、王子様のキスがカギに……く〜」
それは立場が逆だ、と思いっきり突っ込みそうになって、直後に慌てて
口をおさえるベル。
だって、もしそのツッコミをベルがしてしまったとしたら、お姫様が自分で
王子様がライド、と言ってしまったも同じ事である。
それに気付いた途端、顔を赤くして狸寝入りをしているライドを見つめるベル。
暫くして、ようやく喋れるぐらいにものを考えられるようになったのか、
頑張って口を開いた。
「ばっ、バカなこと言ってないでさっさと起きてよ!」
「寝てます」
絶対に起きてる寝てます発言だった。
キスといえば、ライドが今のパーティに入る時にベルがした事があったが、
あれはあれで、これはこれである。
やはり勇者ベルとはいえ女の子、男の子にキスをするのはどうしても恥ずかしいのだ。
というか、普通キスは恥ずかしい。
「却下! 起きてるならさっさと朝食にするわよ! 私もユリア起こしてくるから!」
言いながら、ズカズカと部屋を出て行くベル。
一人残されたライドはといえば、そんなベルの顔が赤かったのを薄目でしっかりと
見ていたので、ポツリと一言呟く。
「まあ、あれはあれでいいか」
笑顔で言うあたり、悪戯好きの困った少年なのは間違いないようだった。


部屋に戻ってきたベルは、すぐにユリアを起こそうとはせず、自分のベッドに座ると
俯いて考え込んでしまった。
「まったく、ライドってばからかってばっかりで……わかってるけどさ」
あの行為そのものが、ライドの本心でもあり、偽りでもある事を。
ライドはああいう要求を本気でしているのだが、その裏側で、常にその行為に対する
リアクションで、自分の事を相手がどう思っているのかを常にはかっている節がある。
ライドなりにがんばっているのだろうが、まだまだライドは人との距離をはかりかねていた。
そして特に、ベルを相手にする時に、そのアピールが積極的なのは、間違いなく
ライドの中で、ベルという少女が特別な存在だからだろう。
などと考えた途端、また顔が熱を持った事に気付いて慌てて首を横に振る。
「あ〜も〜……最近の私、おかしいわ」
もう三日もまともに眠っていない、自分の思考。
意識されている事に気付いていながら、それに対するリアクションが考えられない自分。
そして、さっきのライドの行動。
自分はどうすべきなのか。
勇者とは今、何をすべきなのか。
段々と謎が増えてくるこの現状に、いい加減ベルも疲れてきていた。
「はぁ……何かで気分転換でもできれば、少しは違うのかしら」
もう思い切って、旅のコースを変更してどこかの街で一回遊んでみるのも手かもしれない。
なんてベルらしからぬ考えが巡っていた、そんな時だった。
バリンッ!
「えっ!?」
夜中、星空を見上げていた窓が突然破られる。
そこから部屋の中に入ってきたのは、黒ずくめのいかにも盗賊といった連中だった。
数にして、一人、二人……全部で三人。
「な、なによあなた達!?」
叫びながら、急いで近くに置いてあった勇者の剣をとって構えるベル。
言葉を返さず、手持ちのナイフで威嚇してくるところを見ると、話し合う余地なしと
言ったところだろう。
こうなったら、力ずくで追い出すまで。
そう思って、一歩強く踏み込んだ時……ベルの踏み込んだ足がガクッと崩れかける。
「(寝不足の疲れ……でも!)」
このぐらいのハンデで、もう勇者ベルは盗賊なんかに負けたりはしないのだ。
否、負けるわけにはいかない。
「ハァッ!」
狭い部屋で、勇者の剣を思いっきり横薙ぎにするベル。
相手は三人もいるのだから、避ける余裕なんて絶対に無いと……そう思っていたのに。
バッ!
「なっ!?」
一人は窓際に。
一人は天井に張り付くように。
それぞれ見事に回避してみせて、盗賊というよりは忍という印象を受けた。
そして……最後の一人がどこに着地したかというと。
「ユリア!?」
ユリアが寝ているベッドの上に着地し、今まさに異常事態に気付いて起き上がろうと
しているユリアの首筋に、ナイフをあてていた。
「え……あ、あら?」
「動かないでユリア! 危ないわ!」
と、ユリアに完全に注意が向いてしまったのが最大の油断。
トスッ
「あっ……ぅ!」
窓際に逃げた盗賊が、素早くベルの後ろに回り込んでいた。
そこからすかさず、ベルの延髄へ手刀。
寝不足からくる疲労もあったベルは、そのままなすすべなく気を失ってしまうのだった。


一方、こちらはベル達の部屋の隣、ライドとカロイスが泊まっていた部屋。
バリンッ!
同じく窓が破られるのだが、それは外側からではなく内側から。
奇襲をかけるはずだった盗賊達は、予想外の出来事に慌てて地面に着地した。
そして、破れた窓からフワリと静かに舞い降りるのは、賢者ライド。
「やれやれ……折角ひとが夢心地だったってのに」
言いながら、地面に着地したライドは目の前の盗賊、およそ五人を相手に
ゆっくりと右手を突き出した。
その右手から炎が出現し、このままぶっ放して黒焦げにしちゃいますよと
言わんばかりの笑顔の迫力を見せていた。
「大人しく逃げるならよし、襲ってくるなら全員相手にしてあげるけど?」
さすがはライドといったところか、この数を相手にしても全く動揺していない。
目の前の賢者は、絶対に強い。
自分達だけでは、絶対に倒せない。
それを盗賊達も確信したようで、どうしたものかと一歩も動けないようだった。
だが、そんな睨み合いが暫く続いた後。
ババッ!
三人の盗賊が、隣の窓から勢い良く隣の民家へと飛び移っていくのが見えた。
それをチラリと確認した直後、ライドの目の色がかわる。
「ベル!? それに……ユリアちゃん!?」
三人のうち二人は、明らかに女の子二人をかついで逃げていた。
同時に、ライドがチッと舌打ちする。
「くそっ、狙いは俺じゃなかったのか……なら!」
ボウッ!
右手ではなく、両腕。
ヘビのようにとぐろを巻く炎が、周囲の盗賊目がけてガチッと構えられる。
「急ぎの用ができた……手加減しないからね!」
言うなり、ライドの魔法が一気に周囲の盗賊達に襲い掛かった。
ドゴオオォォッ!
勝負は一瞬。
その一撃で逃げるなり吹き飛ぶなりした盗賊達を見届けると、すぐさま
ベル達が連れ去られた方向へと走り出そうとするライド。
だが、その直後。


「ぐっ!?」


「っ……カロイスくん!?」
どうやら、宿屋の正面からも盗賊達は襲い掛かってきているらしい。
宿屋を集中攻撃しているのか、そもそも街全体を襲っているかはわからない。
だが、ライドは一瞬で判断すると、迷い無くカロイスに加勢すべく走り出した。


宿屋正面で必死に応戦していたカロイスだったが、ベルやライドと違い、
彼は秀でた能力があるわけではない。
次第に数で押され始めて、宿屋の壁に追い詰められて絶体絶命のピンチにおちいっていた。
「くっ……こいつら……」
周囲を見渡すと、どうやら略奪らしかった。
商売の準備をしていた商人たちを片っ端から襲い、奪えるものはなんでも奪う。
商品を奪うだけでなく、女性まで無傷でさらおうとしている所を見ると、どうやら
かなり手広くあくどいパイプのある盗賊らしかった。
なんとかしたいが、今のカロイスでは自分の身を守るだけで精一杯。
さて、どうすればこの窮地を突破できるかと思った、その時。
「動かないで!」
すぐ横から聞こえてきたライドの声に、壁に張り付くカロイス。
ブアアアァッ!
直後、カロイスの目の前にまで迫っていた盗賊達全てを、横から伸びてきた
ライドの炎魔法が吹き飛ばしていた。
「ライド!?」
「遅れてごめん! 裏からも奇襲されてたんだ」
言いながら、ライドが街中の状況を確認する。
「やっぱり略奪が目的か……カロイスくん、まだ動ける?」
「あ、ああ……ベルとユリアは?」
その言葉に、一瞬だけライドは沈黙するが、キッと視線を鋭くしてこたえる。
「ヤツらにさらわれた。急いで追いかけないとまずい」
「なっ……だ、だったら……でも」
仲間としては、急いで二人を助けに行きたい。
だけど今、街は盗賊に襲われていて大惨事。
この状況下で、ライドとカロイスがすべきことはなんなのか。
そんなの、もしパーティのリーダーであるベルがいたら、こう言うに違いない。
まずは盗賊達を全員やっつけろ、と。
「速攻でいくよ!」
「ああっ!」
この二人は、ベルがそう言うのをわかっているし、言ってほしいとも思っている。
だから二人は、持ちうる力の全てをかけて、街の盗賊達撃退にあたるのだった。


時間にして、およそ二時間はかかっただろうか。
回復アイテムも使いに使いまくって、持久戦の中でひたすらに盗賊達を追い払って、
それがようやくひと段落したところだ。
「はぁっ、はぁっ……で、ライド……」
さすがに疲労の色が強いようで、カロイスが肩で息をしながら隣のライドに問いかける。
「ベル達は……?」
「方角からしてあっち……森だろうから、その奥に……確か、崖があったよね?」
地図を取り出して、カロイスが頷く。
もっとも崖といっても、街から向かうと壁のようにそびえている形になるので、
落ちる落ちないの崖ではない。
行き止まりとしてそびえているか、あるいは……。
「そのあたりにアジトがありそうだけど……カロイスくん、行ける?」
「あっ、当たり前だ! ……絶対に、助けないといけない」
「だろうね。見た所、ベル達だけじゃなくて、何人か街の女の子がさらわれてるみたいだし」
商品を盗み、女を盗む。
それが何を意味するかに気付いた二人は、もういてもたってもいられなかった。
「カロイスくん、回復アイテムの残りは?」
「悪い……もうこっちは、マシなのがない」
「俺は少し余裕があるから、カロイスくんにわたすね」
明らかに疲労の色が濃いカロイスにする処置としては、完璧だろう。
それから、二人は急いで森の方へと走り出した。


「ん……っ、ぅ」
目覚めてすぐ感じたのは、床の冷たさ。
「気が付きましたか、ベルさん?」
続いて聞こえてきた声に、どうにか意識を無理矢理持ち上げた。
「ユ……ユリア?」
「起き上がれますか?」
回復呪文をかけてくれたのか、ダメージみたいなものは残っていない。
あるのは睡眠不足からくるダルさと、目覚めたばかりからくる眩暈ぐらいのものだ。
「ここ、は?」
身体を持ち上げて、周囲を確認するベル。
どうやら洞窟の中のようで、ポツポツと松明が灯っているところを見ると、
誰かが住んでいる形跡があった。
というか、今も数人の盗賊達が周りを警戒しており、自分達はその中心の、
鉄製の檻の中に閉じ込められているのがわかる。
「そっか……あの時」
「私達、どうやらあの人達にさらわれてしまったようですわ」
目的はわからないが、そういう事らしい。
確認してみると、手元に勇者の剣があった。
「ラッキー……これなら」
言いながら立ち上がり、目の前の檻目がけて思いっきり勇者の剣を
叩き付けようとするベル。
「あ、いけません!」
「え?」
ユリアが何か言ったようだったが、ベルは勇者の剣を振り下ろすのを止められなく。
バチッ
「きゃっ!?」
檻に触れた瞬間、一瞬で強烈な電撃が身体に走った。
ガクッと倒れこむベルに、慌ててユリアが回復呪文をかける。
「この檻、どうやら魔法的なトラップがかかっているようで、触れた者に
電撃魔法をあびせるようになっているみたいなんです」
「な、なるほど……だから武器まで檻の中に放り込んでもOKってわけね」
そんなものあったところで、脱出不可能だとわかっているから。
電撃トラップなんて無視して強引にいけば、勇者の剣なら切り開く事ができるだろう。
だが、今のベルでは……。
「ぅ……ふんばりがきかない」
「あれ? 回復呪文はかけてるのに……どうして?」
回復呪文は、あくまで怪我の治癒や状態異常の回復しかできない。
精神的なものが絡んでくる、全体的な体力不足までを回復するための回復魔法は、
今の所存在しなかった。
「本調子だったら、こんなの……」
勇者の剣をもう一度持とうとして、ユリアにとめられる。
「やめてください! 無茶を続けてたらベルさんの身体がもちません!」
「でも……それでも」
振り返ると、同じく街からさらわれてきたであろう女性の姿が確認できる。
彼女達を助けなければならない。
そのために、ベルはどうにかして剣を振り上げようとするのだが、やはり
ユリアにとめられてしまった。
「私の魔力も無限じゃないのです。もしベルさんが倒れてしまって、
私の回復呪文が使えなかったら、チャンスの時どうするんですか?」
「う……」
ユリアも言うようになったな、なんて場違いな事を考えるベル。
確かに、今闇雲に檻を破ろうとしたところで、今のベルではどうにもならないのはわかっている。
だったらユリアの言うように、チャンスが来るのを待つべきだ。
その時に持てる力の全てを使えば、もしかしたら助かるかもしれない。
今暴れまわるよりも、そちらの方が可能性が高い気がした。
「……はぁ」
溜息をつくと、その場にゆっくりと座り込むベル。
ユリアもその隣に座って、空元気だろうか、笑顔で言ってくれた。
「大丈夫です。すぐにカロイスさんやライド様が助けにきてくれますから」
カロイス、ライド。
その二人の名前が出てきて、そうかもしれないと思う反面。
「……なんか、嫌かも」
「え?」
勇者でありながら、助けを待たなければいけない自分が。
そして、そんな事を思いながらも……期待してしまう、女の子としての自分が。
ポツリと呟いたきり、ベルは視線を俯かせて、静かになってしまうのだった。


そして、ユリアの言う通り助けにやってきたカロイスとライドはといえば、
なんと現在、アジトに突撃真っ最中だった。
崖の一部が洞窟になっていたようで、その入り口に門番のように立っている盗賊が二人。
ここが街を襲った盗賊達と無関係じゃないだろう事は明らかだったので、
カロイスとライドの二人は一気に突撃を開始する。
盗賊側は奇襲をかけられたようなもので、いくら相手が二人だけとはいえ出遅れてしまい、
戦力が出揃う前に次々と防衛線を突破されていった。
「まだ行ける!?」
「当たり前だ!」
叫びあいながら、目の前に出てくる敵を片っ端から薙ぎ倒すカロイスとライド。
ライドは正面から溢れてくる盗賊達をことごとく魔法で薙ぎ払い、そこから逃げ出して
個別に襲ってくる生き残りを、カロイスの剣で迎撃。
このコンビネーションで、奥へ奥へとひたすら進んでいるのだったが……。
「これは……まずいな」
「何が!?」
ライドの言葉に、カロイスが余裕の無い表情で問いかける。
そう、カロイスに余裕が無い。
回復アイテムで多少持ち直したとはいえ、ライドと違ってカロイスは一般人出身の剣士。
秀でた才能があったわけではないので、明らかに持久力が低いのだ。
「(このままじゃカロイスくんが……でも)」
こんな洞窟内で大規模な魔法を放ったら、洞窟全体が崩れる恐れがある。
だから威力を絞った魔法で応戦してるのだが、それだと逃げる盗賊が出てしまう。
それをカロイスは相手にしなくちゃいけないわけで……。
「って、危ない!」
「え?」
思考に入っていたのがまずかった。
気付くと、隣にいたカロイスが正面に立っており、剣を斜めに振り下ろす。
バキンッ!
直後、飛んできた矢が一本折れた。
「ゆ、弓矢!? なんで洞窟内でそんな武器が?」
「距離が近いからだろ……あれ!」
見ると、至近距離から弓矢で狙う一団が確認できる。
弓なりになって飛ぶべき矢も、この距離ならほぼ直線で飛ばして当てられるといったところか。
「くそっ、モタモタしてるともっと厄介な事になりそうだな」
「そうだけど……こういう時は……」
このままこのコンビネーションで進んでいたら、いずれ盗賊側の体制が整ってしまって
もう後がなくなる。
かといって、大魔法を使ったら洞窟崩壊で、自分達はおろか、奥にいるであろう
ベル達も助からない。
……となれば。
「これしか……ないか」
「え? ライドどうした?」
「カロイスくん」
目の前の弓矢を構える一団に魔法を撃ち込みながら、背中で語るライド。
「キミにこの場……皆の事を任せるよ」
「え……お前、逃げるのか!?」
「逃げる……か」
その表情は、カロイスからは確認できない。
だけどライドは、やがてその質問に答えると。
「そうだね……逃げるのかもしれない」
一目散に走り出した。
「あっ!?」
洞窟の奥へと……。


「ん?」
その物音に気付いて、ベルがようやく視線をあげる。
出入口の方から、何人もの叫び声が聞こえてくるようだった。
「きっとライド様たちです!」
立ち上がったユリアが、期待の眼差しでそちらを見つめる。
周りで警戒していた盗賊達も、次々とそちらへと走っていく様子から、
どうやら何者かが侵入してきたのは間違いなさそうだった。
カロイスとライドかもしれない、そうベルもユリアも思うのだったが。
「(……なんだろう)」
助けが来たかもしれないというのに。
「(なんで私……こんなに不安なの?)」
そして、その直後。
ドガァーン!
入り口付近で、魔法による大爆発が炸裂した。
目を凝らして確認すると、そこから走って檻へと近づく少年の姿がある。
「ライド!?」
「やぁ、お待たせ」
走りながらも笑顔で言いながら、檻の目の前にくるとザッと状況を確認するライド。
「これは、魔法トラップか……触れたら発動するタイプ……なら、離れてて」
「はいっ」
ユリアが頷き、他の女性陣もライドの近くから離れていく。
そして、ライドは、右手に鋭い風をまとわせると、一気に鉄格子に振り下ろした。
ズバンッ!
風圧で、触れずに切り裂く。
なんとも魔法使いらしいやり口で、強引に檻を切り開くライド。
「ふぅ、さすがにここまで連続で魔法使ってきたから、きついなこりゃ」
小さく息をつきながら、安堵の表情を浮かべる捕らわれていた女性陣に向かって口を開く。
「他の盗賊達は、俺の仲間が全員切り払ってるはずだから、急いでここから逃げて」
「逃げて……って、カロイス一人で?」
ベルの言葉に、コクリと頷くライド。
あのカロイス一人に盗賊達の相手を任せるなんて、ライドにしたってかなり無茶な
判断をしたと思う。
だが、ここまで来る時にライドもそれなりに盗賊を薙ぎ払ってきただろう事を考えると、
そこまで危険な作戦とも思えなかった。
「さぁ、急いで!」
ライドに急かされて、一斉に逃げ出す女性達。
「ほら、ベルさんも」
「え、ええ」
ユリアに手を引かれて、何か腑に落ちないものを感じながらも、急いで
ベルも檻から脱出した。
それから入り口に向かって走ろうとして……だけど、足がとまった。
「……ライド?」
「え?」
ベルの呟きに、ユリアも気付く。
助けに来たライドが、追いかけてこない。
どうしたのだろうかと、二人が檻の方へと振り返った。
振り返って……一気にその顔を青ざめさせる。
「ライド!?」
背負を向ける賢者の姿。
ナイフによる刺し傷だろうか、赤黒い部分がポツポツと。
更に矢が三本、一本は心臓に近い位置に背中から刺さっていた。
ベルの声に気付いたライドが、ゆっくりと……できそこないの笑顔で振り返ると。
「それじゃ……あとは……よろ、し……」
ドサッ
最後まで言葉が続かなかった。
横たわるライドの姿は、先程まで笑顔を浮かべていたとは思えないほどに
ボロボロで、もう瀕死の状態だというのがすぐにわかった。
「ライド! ライド!?」
「す、すぐに治療を!」
駆け寄ったユリアが、ありったけの魔力をこめて回復呪文を発動させる。
ベルも急いで矢を引き抜くと、うつ伏せに倒れているライドの手を取って
必死に呼びかけ続けた。
「しっかりして! ダメ! 目を開けてライド!」
「くっ……追いつかない……」
ライドの傷を治す速度が、ライドの生命力が消えるのに追いつかない。
神官見習いのユリアの回復呪文では、今のライドを、それこそ蘇らせる
レベルで回復させるだけの魔法が使えなかった。
そもそも蘇生魔法自体、まだユリアには扱えない。
もしライドの回復が本当に間に合わなかったら、完全にアウトだ。
「ユリア早く! 早く……早くして!」
「精一杯やってます……でもっ!」
傷は順調に塞がっている。
だが同時に、ライドから感じられる熱がどんどん冷めていく。
傷が完全に塞がり、身体の機能が正常化する前に、ライドの心臓が止まってしまう。
「ヤダ! ライド! ライドー!」
強く握っている手を、ライドは握り返してくれない。
いくらベルが呼びかけたところで、ピクリとも動く気配がなかった。
もしかしたら、既にライドは……なんて嫌な考えすら過る始末。
「お願い! お願いライド! 目を開けて! ねぇってば!」
「間に合って……間に合ってください……こんなの……!」
絶対に回復は間に合わない。
どこかでそう理解しつつも、当然ベルもユリアも諦められなかった。
そうやって、何分も回復呪文をかけ続けていた時である。
「このっ……そういう事かよ」
「え……カロイス?」
剣を杖に、ようやくといった様子で現れたのは、カロイスだった。
もう疲労の極みにあるようで、まともに動ける様子ではなかった。
「逃げるって……皆を任せるって……」
カロイスの言っている事がわからない二人。
だから、カロイスが教えてくれるのを待った。
カロイスはギュッと悔しそうに口を結ぶと、洞窟内に響き渡るぐらいの
怒りをこめて叫んだ。
「自分の命をかけて助けるから! だからベル達を俺に任せるってことかよ!」
「……命を、かけて?」
そういう事だった。
あの状況では、いずれ盗賊側の体制が整って押し込まれるのがわかった。
ならばどうすればいいかと、あの切れ者であるライドは考え、閃いたのだ。
ならば、体制が整う前に内部攪乱して、その隙に助け出せばいいと。
ライド自身がそれを実行する事になり、結果、集中砲火を受ける事になったが、
少しでもカロイスの負担を軽くするため、目についた敵はできるだけ撃破。
追いかけてくる盗賊は極力薙ぎ払い、強引に突破し、そしてこの場所まで辿り着いたのだ。
途中、たとえ矢をもらおうがナイフで止められようが、全部強引に振り切って。
「ユリア! 回復アイテムは無いのか!?」
「えっ? わ、私は……すみません、ベルさんは?」
「私は、確かあったはず……間に合う?」
「意地でも間に合わせます!」
完全に冷静さを欠いていたのだろう。
急いでベルは回復アイテムを取り出すと、ユリアの回復呪文と併用して
ライドの治療を続けた。
……だが。
「おい! ライド起きろ! こんなの俺は絶対に認めないからな!」
熱が戻らない。
どんどん冷えていくライドの身体。
ユリアの魔力はまだまだ余力があるが、使える魔法そのものが上位ではないので
どうしても回復が追いつかない。
ベルの回復アイテムを使ったとしても、それはかわらないようだった。
「そんな……そんな……そんな、ライド様……!」
持てる限りの力を使っても、助からない。
いよいよ、ユリアに絶望の色が見えてきた。
「諦めるな! なんとかしてくれユリア!」
「でも……でもっ……!」
あと少しで傷は塞がる。
だけど、それよりも早くライドの命が完全に尽きる。
「……ライド」
絶望の色をした目をしていたのは、ユリアだけではなくベルも同じだった。
握っている手には、相変わらず力がこもらない。
そもそも、ベルの方からも全然力がこめられていなかった。
「(そんな……ライド、死んじゃうの……?)」
あの日、突然現れてピンチを助けてくれた、よくわからない笑顔の賢者。
その実、居場所がほしくて、だけど人を試す形で拒絶し続けていた孤独者。
ようやく自分達という居場所を見つけてくれて、一緒に旅をしてきた仲間。
そして……とても大切になっていた、一人の男の子。
その命が今、目の前で消えていくと思うと……。
「……イヤ」
助けたい。
「イヤ……いやぁ……」
絶対に助けたい。
「いやぁ……! ライド……そんなの……!」
自分にできる事があったら、どんな事をしても、目の前の少年を……。
「ライドオオォォー!」
思いっきり叫んで、一瞬のうちに蘇るライドとの思い出。
これ、普通死ぬ側が見る走馬灯でしょ、なんてベルが思う余裕などなかった。
フラッシュバックしてくる、ライドとの思い出。
本当に一瞬しか出てこないくせに、そのどれもこれもが大切だったと気付いた。
ハッキリと言える。
もし、勇者である自分が、恋をする事を許されたのだとしたら。
その相手は……間違いなく……。


『眠り姫を起こすには、王子様のキスがカギに……く〜』


「っ!?」
バカだと思った。
だけど、もうそんな戯言にすがるしかなかった。
「お、おいベル!?」
「ベルさん!?」
うつ伏せだったライドを無理矢理仰向けに寝かせるベル。
治療中だったユリアが驚いたのは勿論、座り込んで立つことも難しそうだった
カロイスも、思わず何をする気かとベルに近づこうとした。
「ライド!」
だが、そんな全てはベルに届いていない。
例えあの言葉が、その場のノリで言われた戯言だったとしても。
もし、もし本当にカギがあるのだとしたら。
「お願い……目をさまして……!」
血の気の無くなった、真っ青な唇。
ベルは躊躇いなく……されど、スローモーションのようにゆっくりと、
自分の唇を押し当てた。
特に何をするでもない、たったそれだけの行為。
触れ合っていた時間は、だけど一分ほどにも及んだ。
否、それ以上続いている。
ベルも、これが最後だと思ったのだろう。
こうして口づけをして、次にライドを見た時、もし目覚めてしなかったら。
それが怖くて、ひたすらに自分の唇を押し当て続けていた。
……そして。
「(え……?)」
触れていた唇が、風を感じた。
何かが吹き込んできた感触……呼吸?
それを認識した途端、ようやくベルは顔をあげて。
「ライド!?」
「ああ……目、覚めちゃった」
薄目だが、そうやって無理矢理笑うライドがそこにいたのだった。


もう奇跡としか説明がつかないが、とにかくライドは助かった。
だが根本的に身体が弱ってしまったために、宿屋に戻ったライドは
ずっとベッドに寝たきりになってしまう。
二人部屋だったが、その部屋にはベルとユリア、そしてカロイスの
三人もいて、ライドの周りで仁王立ちしていた。
そう、仁王立ち……三人とも、物凄く怒っている。
「えっと……ごめんね、今回はホント悪かったと思ってるから」
ぎこちなく笑いながら、ライドもなんとか謝罪する。
だが、今回の事はさすがに、その程度で怒りがおさまるものでもなかった。
「ライド様……あんな無茶をして……死んじゃうところだったんですよっ!?」
「いや、でも……ああでもしないと、途中でやられそうだったからさ」
「俺が弱かったからか? 俺もライド並みの実力があったら、例え
あの盗賊相手でも最後まで切り抜けられたのにって言いたいのか?」
「そ、そうじゃないよカロイスくん。というか、そんな我儘言ったって、
あの時はどうにもならなかったんだから」
「ライド……」
ビクッ、とライドの肩が震える。
今一番声を聞きたくない少女が、目に涙をためてライドを見つめていた。
「ベル……」
「あなた……お母さんの事、好きだったのよね?」
「え?」
言われて、一瞬戸惑うライド。
「答えて」
感情が感じられないベルの言葉に、ぎこちなくも頷くライド。
「そのお母さんが亡くなって……ライドは、凄く悲しかったんでしょ?」
「そ、そりゃ……あ」
「わかったわよね、あなたなら」
ベルの言わんとしている事が、ようやくライドにも理解できる。
そして、こりゃかなりヤバイなと、カロイスとユリアも含めて確信した。
「だったら……」
涙がボロボロと溢れ出す、そのタイミングとほぼ同時に。
「どうして同じことを私達に味あわせようとしたのよ!?」
そう、まさにそれだ。
「怖かったんだから! 大切な人が目の前でいなくなるのが! 握っていた手が
どんどん冷たくなって、全然動かなくて……精一杯助けようとしてるのに、
まるで本人が諦めてるみたいで……本当に怖かったんだからねっ!」
「そ、それ、は……」
「言ったでしょライド! これから私が、いっぱい怒らせて、泣かせて、
笑わせてあげるって! でもね、私はライドに死ぬまで苦しめなんて思ってない!
そんなの人間じゃない! ただ辛いだけなんだから! 仲間のために命を張るなんて!
そんなのただの独りよがりなんだから!」
その通り……命をかけて何かをする、なんてのは極論で言えば自己満足だ。
それで残された者がどんな思いをするか、その部分が抜け落ちている。
きちんと相手の事を考えるならば、捨て身なんて絶対に考えない。
かつてベルとカロイスがユリアを助けた時のように、きちんと助かる方法で
助けなければならなかったのだ。
まだ勇者と賢者であった時……二人が出会ったばかりの頃は、確かにそんな事を
お互いにしていた記憶がある。
でもあの時、ベルは間違いなく、あれはしてはいけない事だったと気付いたのだ。
だというのに……この男は、また……。
「ライドならそれぐらいできるでしょ!? アナタは凄いのよ! 私達が
どんなにピンチでも、ライドのお陰でいっぱい助けられてきたんだから!
でも今回は違う! こんなのライドじゃない! ライドがすべき選択じゃないんだから!」
「……ベル」
気付くと、ベルはライドが横になっているベッドの横に倒れこんで、スプリングがギシッと
強く鳴るほどに両腕を叩きつけて顔を俯かせている。
大声でわんわん泣きながら、それでも叫び続けていた。
「やりすぎ! 考え無し! 全部ダメ! 卑怯! 逃げないで! きちんと考えて!
私達を助けたいなら、ライドも助かって! そうじゃないと認めない!
絶対に……絶対に私達は認めないんだからぁ!」
ベルの全部の言葉が、とうとうライドにトドメになっていく。
今まで、ベルの言葉に救われたり、価値観を変えられた事は何度もあった。
さすがは勇者だなぁ、なんて心底感心した事だってあった。
だが、これは違う。
救うとか価値観を変えるとか、そもそも勇者としての言葉ですらない。
それは単純な、仲間として当然の注意。
仲間である以上は、そのぐらいやってのけろという、リーダーからの言葉だった。
それは勇者の言葉ではなく、仲間としての言葉。
ベッドで泣き崩れる少女は、今は勇者ではなかった。
「バカァ……ライドの大バカァー!」
大切な仲間……大切な人がいなくなるかもしれないという恐怖を味わい、
安堵と同時に訪れた怒りをただぶつけまくる、普通の女の子だった。
「……ごめん」
呟いた声は、心の底から反省している証拠。
「こんな、自分勝手な俺なんだけど……ベルに、泣き止んでほしいと思う」
自分勝手、とわかってて、ライドは口を開いた。
さすがのライドでも、やはりわからないものはわからないのだから。
「俺は……どうしたら、ベルに泣き止んでもらえるのかな?」
「死なないで!」
即答だった。
「私達の前からいなくならないで! ずっと一緒にいて! 命なんてかけないで!
ずっと一緒にいて! ずっと私の傍にいて! お願いだから!」
ライドから質問したのに、ベルの願いが返答という意味よりも強くかえってくる。
もう会話のキャッチボールが崩れかけてるなと思いながら、それでもライドは、
ベルの言葉をしっかりと聞き届けると。
「……約束する」
そう言って、ようやく安堵したのか、目を閉じたのだった。


その日、急ごしらえで窓の方は修理が完了して、なんと宿屋は休まず営業。
二人部屋を二つ使っていたベル達だったが、振り分け方が大きく違っていた。
「いいんですか?」
隣のベッドで横になるカロイスに、少し不思議そうに問いかけるユリア。
「ああ、あれでいい」
カロイスはそう前置きしてから、ベッドに寝転がり、天井を見上げながら語る。
「ベルの言い分は正しいけど、実際、ライドが命をかけでもしないかぎり、
皆を助ける事はできなかった……どっちも正しかったんだよ、あの場合は」
「でしたら、ライド様はそれに対して、何か反論しても良かったのでは?」
「できるわけないだろ、ライドなら特に」
「どうしてです?」
問いかけに、カロイスは小さく溜息。
「鈍感」
「はい?」
「もう寝るぞ、いいな?」
「あ、はいっ」
サイドテーブルのランプを消して、ベッドに横になるユリア。
暫く無言の状態が続き……やがて、誰にも聞こえないような声で、
カロイスが呟いた。
「完全に負けた……今の俺じゃ、ベルの隣には並べないけど……アイツは……」
助けるために、命を張る。
ただの自己満足だが、逆にこうもとれた。
それだけの価値、依存性、理由が……助けるべき相手にあると、本人は自覚していたという事。
つまり、ライドにとってベルは……。
「俺にとっても……だけど……」
彼女のそばにいつもいながら、今まで自分は何をやってきて、彼女のためになにをすべきと
思ってきたのか。
今振り返ると……自分は卑怯だったと、後悔するカロイスだった。


そして、その隣の部屋、ライドとベルが寝ている部屋。
ライドはやはり横になっているが、そのベッドにはベルが座っている。
「まだ痛い?」
「いや、痛くは無いけど……動けないから」
相当に体力が低下してしまったのだろう。
もしかしたら、数日はこの街から動けないかもしれない。
「あの……ライド」
「なに?」
「さっきは、あの……ひどい事言って、ごめんなさい」
「ひどい事、って何か言われたっけ?」
「と、とぼけないで、私は真剣に!」
「とぼけてないって」
それから、笑顔を作るライド。
「ベルの言葉が、全部本気だってわかったからね。あれは凄く効いたよ。
あの言葉全部は確かにきつかったかもしれないけど、ベルの本音だし、
間違ってないとも俺は思った……じゃあ、あれはひどい事じゃないよ」
「……ライド」
「俺が悪かったのは本当なんだから。ベルが後悔なんてしなくていいんだ」
いつの間にこの賢者は、そういう切り替えしができるようになったのだろうか。
人との対応に不器用だったはずの彼は、いつの間にか気遣いができるまでに
器用になっており、もう今の笑顔もできそこないではない事がわかる。
それが、ベルにはとても嬉しかった。
「なんだかライド、強くなったわね」
「ベルが一緒にいたから、かな。俺だって頑張ったんだよ」
「私だって、いっぱいライドに教えてもらったし、救われたと思ってるわよ」
「ん〜……じゃあこの場合、どっちが凄いのかな?」
真剣に悩むようなライドの仕草に、思わず吹き出すベル。
「二人とも、じゃないかしら?」
「二人ともか……納得だね」
そして、お互いに笑い合う。
こうして笑い合えるようになった事が、心底嬉しい。
ベルが嬉しいのは勿論だが、死ぬのを覚悟であの作戦を実行した
ライドからしてみても、この状況は非常に喜ばしいものだった。
……そして、そういうピンチを切り抜けた後だからだろう。
「あ……あの、ね、ライド」
切り出そうとする、ベルがいた。
視線を向けると、笑顔ではなく恥ずかしさに顔を染める女の子になっており、
そっぽを向いている表情が可愛くてたまらなかった。
それを確認して……何かベルが言うよりも早く、ライドが口を開いた。
「ベル」
「え、えっ?」
「ちょっと悪いけど、俺を起き上がらせて」
「えぇっ!? だ、大丈夫なの?」
「怪我はしてないから大丈夫。ただ、動けないぐらい疲れてるだけだから」
「そ、そっか……それじゃあ」
ゆっくりとライドの背中に手を回し、痛がらないのを確認してから
そっと上半身を持ち上げるベル。
自然と、ライドとベルの顔がすぐ近づく形になっていた。
「どうしたの一体?」
「ああ、それなんだけど……さ」
と、少しだけ明後日の方向を向いてばつが悪そうな顔をするライド。
きょとんと首を傾げるベルだったが、やがてライドは何かを決心したようで、
キッとベルへと真剣な表情を向けると。
「あのまま流して終わりには、したくないから」
「え?」
「俺を目覚めさせてくれたアレ……アレが気持ちの証明だって、
俺は思いたくないから」
「そ……それって」
ライドが目覚めるきっかけになった、あのキス。
あの時はドタバタのなか、自棄っぱちになってベルからしたものだったが、
今ライドが言っている事は、つまり……。
「ベル……キスしたい」
「っ!?」
「不純な言い訳なんてしない。ただ……今は、ベルとキスしたい」
「ライド……」
目が語っている。
今まで笑顔で言っていた、ふざけ半分で、相手を試すものとは違うと。
そしてベル自身、同じ感情が確かにあった。
だからあの時、顔を赤くして覚悟を決めようとして、そこをライドに読まれて
先をこされてしまったのである。
「……ずるいわね、ライドって」
「いつまでもベルに、無理させたくないからな……急いで気持ちを伝えさせてもらった」
「そっか」
そっと、ライドの首に腕をまわすベル。
ライドも、ぎこちなくしか動かない腕をどうにか、ベルの腰へと回した。
それから、ラスト十秒前ほどの間に。
「俺はもう逃げない……ずっとベルと一緒だ」
「私も……ライドとずっと一緒にいたい」
そんな小さな告白の後、二人の唇はゆっくりと重なるのだった。