深い森の奥、フクロウの声を背景に、1人の人間が何かを探して彷徨っていた。
ただでさえ魔物が住み着いていると言われる危険な森で、真夜中に1人。
いつ襲われてもおかしくない...そんな状況だ。
「うーん...やっぱそう簡単には会えないかぁ」
ため息混じりにそう呟く人間は、とあるギルドのマスター、アリシャ。
彼女はある人を探しにこの森へ訪れた。
だがその人物というのが、危険かつ神出鬼没なものであり、存在すら曖昧だ。
長時間いるのは危険だと判断して、諦めて踵を返した時だった。
背後からガサガサと葉の揺れる音がし、思わず振り返る。
そこには巨大なフクロウの姿をした魔物がアリシャを見つめて佇んでいた。
アリシャは驚きはしたものの、さほど怯えた様子はない。
互いに見つめ合っていると、魔物の背後からもう一つ影が現れた。
「やあ、驚かせてしまって申し訳ないね。
ほらおいで、ストラス」
現れた青年は魔物を優しく撫でて微笑むと、アイコンタクトをとった後に、その魔物の姿が消えた。
いや、消した、の方が正しいかもしれない。
アリシャはそれを見て確信した。
「君がオニキス?」
オニキスと呼ばれた青年は、少し考えて頷く。
「もしかして俺を探しに来たのかな。
はは、あなたのような者が一体何の用だい?」
探るか、はたまた確認するように問いかける。
それに対しアリシャは、笑顔を保ちつつも真剣な表情で交渉へと移る。
「うん、単刀直入に言うね。
うちのギルドに加入して欲しいんだ」
あまりにも唐突で突飛な提案。
少々驚きつつも冷静に「どうして?」と理由を尋ねるオニキス。
「ギルドが街の郊外の方にあるんだけど、最近魔物が凶暴化してるでしょ?
襲われる危険性が高くてさ」
アリシャが身振り手振りしつつ簡潔に説明し、オニキスはふむ、と頷きながら傾聴する。
「つまり、俺にギルドを守って欲しいってことかい?」
そういうこと、とアリシャが頷くと、ほんの少し難しい顔をして考え込む。
「...あまりにも軽率だ。
分かっているのかい?俺と交渉をするというのは、間接的な悪魔との契約なんだよ」
そう告げるオニキスに、先ほどまでの穏やかな表情はない。
アリシャは黙ってそれを聞く。
「もう一度よく考えてごらん。
課せられるリスクに見合った交渉かを。
あなたは仲間の命を背負ってるのだから」
警告の後、しばしの沈黙が流れる。
これは裏を返せば、「いつでも殺せる」という脅しなのだ。
アリシャは小さく深呼吸をして口を開く。
「うちは本気だよ。
それに君は、自分が力になれる場所を探してる...そうでしょ?」
真っ直ぐで翳りのない眼差しを向けるアリシャに、今度はオニキスが沈黙する。
しばし考えた後、彼女の揺るがない決意にオニキスは優しいため息をついた。
「...そうだね。あなたの言う通りさ。
分かった、あなたの覚悟に免じて協力しよう」
その言葉に、アリシャもほっと胸を撫で下ろす。
だけど、とオニキスが続ける。
「俺は常に悪魔を傍に置いておく。
もしギルドの誰かが俺や悪魔に明確な敵意を持ったり、俺の存在を口外したら...協力は放棄するよ」
そう言い、影の悪魔を呼び出した。
先程の悪魔よりは小さく、纏っている邪気も控えめだ。
アリシャはニコッと笑って頷く。
「もちろん、その辺は安心して。
オニキスに悪い思いはさせないから」
山場を乗り越えたように達成感に満ちた様子のアリシャ。
彼女と言えど、悪魔相手に多少の緊張はしていたのだろう。
はー、と大きく息を吐く。
「君って本当に情報が少ないでしょ?
もしかして出会い頭に攻撃されるかもとか思ってたんだけど、全然話が通じるから拍子抜けっすよ〜」
大袈裟に語るアリシャに、ほんのり苦笑するオニキス。
「寧ろ俺が出会ってきた人間の方が、話の通じない者ばかりだったよ」
詳細を語ることは無いものの、その表情からこれまでの苦悩を悟ったアリシャは、うんうんと同情する。
「色々苦労して来たんすねー。
うちのギルドメンバーは、ちょっと変わってるけど良い子たちだから安心して☆」
華麗なウィンクを決めながら言い切ると、オニキスも優しく微笑む。
「本当にギルドメンバーのことを信頼しているんだね。
...改めて、俺はオニキス。悪魔の召喚士さ」
そう片手を差し出し、あなたは?と問うように小首をかしげる。
「うちはアリシャ。
トレジャーギルド『竜の卵』のギルドマスターだよ。ヨロシク、新人くん☆」
「ああ。よろしく、アリシャ」
アリシャも片手を差し出し、握手を交わす。
こうしてオニキスは正式なギルドメンバーになった。
「さ、これから君もギルドの一員なんだから、うちのことは『マスター』って呼んでもらわないと」
「え?別に良いじゃないか。
せっかく素敵な名前なのに、勿体無いよ?」
「何ルシアンみたいな事を...
ダメダメ!『マスター』って呼んで!」
「はーい、アリシャ」
「何にも変わってない!!」
|